様々な形で登場しているスポーツウェアラブル
ライフサイエンス用途として注目されることの多いウェアラブルデバイスだが、近年ではスポーツやフィットネス用途のデバイスも市場に現れるようになってきた。
ここではスポーツ用ウェアラブルデバイスを紹介する。
スポーツ用ウェアラブルデバイスの種類
ウェアラブルデバイスはリストバンド型、眼鏡型、首掛け型、衣服、靴、パッチなど様々な形状が存在するが、使用者の負担になりにくいという性質を活かし、健康状態を常時モニタリングするライフサイエンス用途で盛り上がりを見せてきた。
一方で、スポーツ中のアスリートが着用すれば、これまでデータ化が難しかった動きの癖や体力を記録し、科学の観点からより効率的な動きやトレーニング方法を指導できる。スポーツでは熱中症や脱水症状などの事故がつきものだが、ウェアラブルデバイスを使えばこうしたリスクを低減することも可能だ。本稿では上記のようなスポーツ分野でのウェアラブルデバイス応用を取り上げたい。
また、健康増進のためのフィットネスにもウェアラブルデバイスが導入されている。フィットネス応用についてはライフサイエンス分野と一部重複するが、こちらも今回の範囲として含めている。
最初に、スポーツ用ウェアラブルデバイスを使用する場面やその目的を考慮し、筆者独自の観点からこれを以下の4種類に分類した。実際にはこの4種類に留まらないが、今回は以下について紹介している。
1. フォーム矯正
2. 活動量計測・分析
3. 事故・過負荷等のリスク低減
4. 疑似触覚・VRフィットネス
フォーム矯正
TuringSenseが提供するPIVOT Yoga※1は動きやすく、肌との密着性が高いヨガ用のスウェットスーツだ。位置情報を送達するセンサを内蔵し、正しいポージングとの差異を使用者に伝える。
専用のアプリと連動させれば、自身とコーチの姿勢を比較した動画をディスプレイ上に表示でき、どこが異なるのかも一目瞭然だ。洗濯しても内臓センサが破損する心配はなく、通気性に優れた素材で編まれているため、快適で使いやすい。
TuringSenseは2015年に設立されているが、この他にもテニス、水泳、格闘技などの分野で同社の知見を活かしたデバイス開発を進めている。
国内メーカーのセイコーエプソンはゴルフのスイングを解析するためのデバイス開発を進めてきた※2。
2014年にサービス開始した「M-Tracer View for Golf」は2020年にデバイスとアプリを刷新、新たなデバイスはゴルフクラブのグリップエンドに差し込む形となっている。
1/1,000秒でサンプリングを行う高速センサと、2,000万を超えるスイングデータから作られた独自のアルゴリズムにより、スイングを詳細に計測できる。スイングの軌道やスピードのみならず、ドライバー使用時ならば打点までも計測可能だという。
同様の技術は野球のバッティング解析にも用いられている。セイコーエプソンがスポーツ用品メーカーのミズノと共同開発したセンサシステムは、M-Tracer View for Golfの場合と同じように、バットの柄に取り付け、スイングの様々な情報を収集・解析するものだ※3。
同社がこれまでに腕時計開発などで培ってきた精密加工・センサ技術が優れた計測精度の実現に活かされている。
活動量計測・分析
活動量計とは、体に身に着け、運動に関する様々な数値を計測・記録するデバイスだ。
現行モデルのスマートフォンでは多くの場合に振動を感知するセンサを内蔵し、これを利用して歩数や移動距離、心拍を計測・記録できるため、一種の活動量計とも言えるだろう。スマートフォン以外の専用の活動量計であればより軽量・多機能であり、使用者の脈拍・体温・発汗量などを記録するものもある。
活動量計は日々の健康管理を主目的とする場合が多い。一方、スポーツ分野では元プロサッカー選手の本田圭佑さんが開発に携わる活動量計「Knows※4」など、データを活用してスポーツ育成の合理化と効率化を目指す動きが広がりを見せている。
また、運動時のモニタリングだけでなく、休養・睡眠時も含めた継続的なライフサイクルの解析から体力回復度を測り、適切なトレーニング強度を算定するデバイスも登場した。
ハーバード大学発のベンチャーであるWHOOPが開発したのは、常時装着して生体モニタリングを行う全く新しいウェアラブルデバイスだ。 WHOOPは他の活動量計と異なり、心拍の精密な測定のみに特化しており、歩数や位置情報を記録する機能を持たない。肉体的、または精神的な負荷に晒された際に生じる心拍間隔の異常などを読み取り、独自のアルゴリズムで解析することで、使用者の疲労を数値化することが可能となった。
また、近年ではより詳細な「体力」の計測を目指す取り組みとして、「乳酸測定」が実用段階に移りつつある。
乳酸はヒト体内の代謝過程でエネルギーを生み出すために合成されるが、血中酸素が不足した状態で運動強度を上げていくと、ある時点で乳酸の蓄積が代謝除去を上回って血中乳酸濃度が増加し始める。この時点を乳酸性閾値と呼ぶが、乳酸性閾値は個々人で異なるため、各自がどれだけの運動強度に耐えられるか、即ち「体力」の具体的な目安を測る上で有用だ。
現在広く用いられている血中乳酸濃度の測定方法は、人差し指の先などを針で刺して少量出血させ、この血を解析する方法だが、これではリアルタイムな測定ができない。そこでウェアラブルデバイスを用いて汗や皮下の間質液(細胞と細胞の間に存在する液体)を測定する方法が研究されてきた。
慶応義塾大学発の医療ベンチャー、グレースイメージング※5はソニーグループなどの支援を受けて汗中乳酸測定ウェアラブルデバイスを開発し、2023年にはミズノと提携して運動負荷計測のサービスをローンチした。
事故・過負荷等のリスク低減
夏季炎天下のスポーツでは熱中症のリスクが高まり、これを回避するためにウェアラブルデバイスの使用が進められている。
熱中症は体温調節機能の異常により、失神、けいれん、頭痛、倦怠感などが生じ、最悪の場合、死に至る症状だ。近年の研究では深部体温と熱中症リスクに相関があることが分かり、深部体温を測定することで熱中症を回避するデバイスが販売されている。
Biodata BankのCNRIAは、1シーズン使い切りで充電や通信機能を持たない熱中症対策ウォッチだ※6。深部体温を測定し、熱中症リスクをLED点灯やアラームで使用者に通知する。多数の導入実績を持ち、日本デザイン振興会が運営するグッドデザイン賞2020にも選ばれた。
また、台湾の技術応用研究機関であるITRIがリリースしたiSportWeaRは、低出力レーザーを用いた非接触モニタリングを行うデバイスである。
サングラスや自転車のグリップなどに取り付けて、心拍数・呼吸数・姿勢などをモニタリングし、生理状態の異常などについて総合的なアドバイスを提供できる。 また、レーザーを用いた非接触センシングの場合、雨天や発汗、気温に影響を受けず、手袋や衣服などの布越しでも利用できるという利点がある。
疑似触覚・VRフィットネス
VR(仮想現実)技術は様々な分野で応用が進められている。例えば製造業であれば、完成後の製品イメージをVR空間で確認し、視覚的に意識の共有が可能だ。
フィットネス分野においては、リモートでヨガ教室に参加したり、VRゲームを通じて体を動かしたりという活用が既に行われている。
その他、触覚刺激を与えるウェアラブルデバイスと組み合わせれば、VR空間でボクシングを再現することも可能だ。
bHaptics※7はグローブ、バイザー、ベストなど様々な形状の触覚刺激デバイスを販売している。多数の振動アクチュエータを搭載し、VR空間と連動して触覚刺激を与えることができ、VR空間でボクシングが楽しめる。
参考文献:
※1 PIVOT YOGAウェブサイト(リンク)
※2 株式会社ティースリーとの「M-Tracer for Golf」新製品・新サービスの共同開発について(リンク)
※3 ミズノ公式オンライン(リンク)
※4 Knowsウェブサイト(リンク)
※5 グレースイメージングウェブサイト(リンク)
※6 Biodata Bankウェブサイト(リンク)
※7 bHapticsウェブサイト(リンク)
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