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エレクトロニクスやヘルスケア等幅広い用途で期待される先端材料グラフェン

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グラフェンは優れた機械特性や電気特性を持ち、強化複合材料、透明電極、センサなど様々な分野への応用が期待されてきた素材だ。生産能力やコストの問題から未だ大規模な利用に至っていないが、一部ではエレクトロニクス領域での利用も始まっている。

本稿ではグラフェンを取り巻く市場の動向や課題、サプライヤーについて紹介する。

グラフェンとは:正体は「鉛筆の芯」の層を単一化したもの

グラフェンは純粋な炭素のみからなる2次元シートだ。炭素1原子分の厚みしか持たず、六角形を平面上に敷き詰めたような格子構造を持つ。

鉛筆の芯としても利用される黒鉛(グラファイト)はグラフェンを何層も積み重ねたような構造を持つが、グラフェン1層のみを取り出すことは近年まで実現されていなかった。

この問題に対し、スコッチテープで黒鉛を挟みこみ、剥がす、接着することを繰り返すと、容易にグラフェン1層のみが取り出せることが分かり、グラフェン利用への道が開かれた。2010年のノーベル物理学賞はこの研究に関連する学者2人(アンドレ・ガイム氏、コンスタンチン・ノボセロフ氏)に贈られている。

黒鉛は脆いが、これは層状構造が剥離されるためであり、グラフェン自体は非常に強靭だ。平行方向の引張強度に関してはダイヤモンド以上で、世界で最も引っ張りに強い物質である。

また、既存材料の中で最も高い電荷移動度を持つ。 グラフェンの電気特性については未だ謎が多い。トポロジカル絶縁体などにも見られる特徴的な電子バンド構造(ディラックコーン)を持ち、このバンド構造と優れた電気特性の関係について盛んに研究が進められている。

グラフェンの製法と商業化の前に立ちはだかる課題

グラフェンはスコッチテープを用いることで簡単に取り出せるが、この方法は精度が悪く(多層グラフェンなどを一定量含む)、一度に生産できる量も少ない上、スコッチテープ上のグラフェンをいかに効率よく別の基板上に転写するか、という問題も残る。総じて、産業用途には使いづらい方法だ。

グラフェンは化学気相成長(CVD)でも製造できる。CVDであれば所望の基板上にグラフェンを製造でき、その後の産業的利用が容易だ。しかし、こちらの方法も生産効率が優れるわけではない。

黒鉛を化学的に変質させ、分散性を高めることでグラフェンとして取り出す方法も存在する。こちらの場合は酸化プロセスに用いる強酸性溶媒が問題となる上、得られるのは純粋なグラフェンではなく、酸化グラフェンだ。 グラフェンの本格的な商業利用のためにはグラフェンを効率的に生産する手段が欠かせないが、現状ではどの方法にも短所があり、この分野全体の足枷となっている。

グラフェンの市場性:2030年に3,000-4,000億円程度の規模

優れた機械強度、高い電気伝導性や熱伝導性を持つグラフェンは将来のエレクトロニクス、材料分野に多大な影響を与え、今後も継続的に市場が拡大すると考えられており、いくつかの市場調査会社も市場規模予測を行っている。

例えばGrand View Researchの市場調査報告によれば、2022年のグラフェン市場規模は175.9m$であり、2023年から2030年までの年平均成長率は46.6%と予想された。この数値を元に2030年の数値を計算してみると、約2,560m$である。

Fortune Buisiness Insightも市場予測を行っているが、同分野における2022年の市場規模は337.0m$、2023年から2030年までの年平均成長率予測は31.6%となっている。2030年の市場規模は2,958m$と、更にアグレッシブな数値となっている。

いずれの予測においても、足元の数値は必ずしも高くなく、数百億円規模のニッチな材料市場に留まっている。一方で2030年には数倍に拡大すると予測されており、本当にこの成長度合いを実現するのであれば、おおよそ日本円で3,000億円~4,000億円市場ということになる。機能性材料としては一定の存在感を得られるといったところだろう。

ただし、現時点ではまだ課題は多く、必ずしもキラーアプリケーションが見えているわけではないように思える。

すでに一部の中国企業がスマートフォンに放熱部材としてグラフェンフィルムを採用したと発表をしており、放熱材としての採用拡大は期待されている。

しかし例えばヘルスケアで期待されるような電極センサ(汗などの生体液を対象にしたもの)は実用化が非常に不透明だ。グラフェンシートを活用したようなウェアラブルデバイスはまだ大学の研究範囲を出ない。

電池分野では導電助剤としての利用もされているが量は多くない。負極材で期待されるシリコンのインターカレーションによる膨張収縮を3次元グラフェンと合わせることによって解決する新しい負極材の開発も進められているが、競合技術も多く、必ずしもグラフェンを活用することの技術的優位性が、現時点で明確になっているかというとそうでもない。

昔から期待される先端材料であるが、市場がどうなっていくかはやや不透明な部分が多いと捉えておくのが良いだろう。

調査会社が挙げる主要プレイヤー

海外の調査会社のレポートでもグラフェン市場の主要プレイヤーが10社程度挙げられているが、グラフェン材料メーカーはもっと数多く存在する。

例)Grand View Research社のレポートで分析対象となっている企業(抜粋)

  • ACS Material, LLC(米)
  • Directa Plus S.p.A.(イタリア)
  • Grafoid(カナダ)
  • Graphenea(スペイン)
  • NanoXplore, Inc.(カナダ)
  • Thomas Swan & Co. Ltd.(イギリス)
  • Haydale Graphene Industries plc(イギリス)
  • Applied Graphene Materials(イギリス) → Universal Matter(米)によって買収される

原料サプライヤーのうち、化学メーカーはCVDによるグラフェン生産を行っているが、NanoXploreやGrafoidのように黒鉛をベースとする低コストプロセスに取り組む企業も存在する。

同分野にはACSやThomas Swanのような巨大化学メーカーも参入しているが、上に挙げた企業には2010年以降に設立された新興企業も少なくない。

注目のサプライヤーとグラフェンの新技術

グラフェン材料メーカーは現時点では小規模な企業が多いが、当社が独自に調べたグラフェン材料メーカーは約70社を超えている。

グラフェン材料メーカーの地域分布(73社)

当社調べにより作成

73社のロングリストとなっているが、中国についてはデータソース上、あまり多くの企業が含まれていない点については注意いただきたい。厳密には、より多くの中国企業が含まれてくるだろう。また、バイオ用途のように、特定のアプリケーションに完全に特化したグラフェン加工品の企業はある程度除外している。グラフェンフレークやグラフェン粉末、グラフェン材料を幅広い用途に展開しようとしている企業を対象としている。

以下に資金調達金額の多い企業を並べて見てみよう。

グラフェン材料ベンチャーの資金調達上位リスト

企業名資金調達額(m$)概要
NanoXploreカナダ125グラフェン粉末の大量生産を行う。IPO済み。
Nanotech Energy米国95グラフェン電池や導電性インクを展開する。
Talga Resourcesオーストラリア69黒鉛メインだが、電池材料向けのグラフェンを供給している。IPO済み。
General Graphene米国38工業規模のCVD法によるグラフェン製造を行う。インド資本も入っている。
Vorbeck Materials米国21グラフェン材料から導電性インク・コーティング材など。DOEも資金供与。
Grafoidカナダ18独自のグラフェン大量生産方法を確立。
Morion NanoTech中国16グラフェンパウダー・酸化グラフェン等の製造技術を保有。Xiaomiも出資。
Directa Plus英国14グラフェンナノプレートレットの大量生産。
当社調べにより作成、資金調達額はCrunchbaseより

主要企業についていくつか概要を整理する。

NanoXplore:大量生産プロセスで市場をリード

NanoXploreは強化複合樹脂や電池に用いられるグラフェン粉末のサプライヤーで、年4,000tのグラフェン粉末を生産することができる。2011年にカナダで設立され、現在はカナダと米国で上場している。

強化複合樹脂とはナノ材料を混合したプラスチックだ。混合するナノ材料の種類や形状によって機械特性、熱特性が変化する。使用されるナノ材料にはセルロースナノファイバーやガラス繊維などがあるが、いずれも表面積が大きいことが特徴だ。表面積の大きなナノ材料はホスト材料である樹脂と強く相互作用する。

自動車や航空機、パイプ、スマホの筐体、スポーツ用品など、様々な用途に利用される強化複合樹脂は大量のナノ材料を必要とするが、NanoXploreはコストを抑えた大量生産プロセスでこうした需要に対応しているようだ。 同社はCVDではなく、天然の黒鉛を剥離してグラフェンを製造する。この場合、得られるのは単層グラフェンではなく、6~10層のグラフェンからなる粉末だが、強化複合樹脂用のナノ材料としては十分な効果が示されている。

今年行われたEmerging Growth Conferenceで講演をしており、同社の講演内容によると、市場シェアは40%としており、顧客にはVolvo、Daimler(現メルセデス)、フォードなどの自動車大手メーカーがいるという。

Morion NanoTech(墨睿科技):Xiaomiも出資する材料メーカー

Morion NanoTechは2015年に設立された中国のグラフェン材料ベンチャーである。

様々なグラフェン製造のための調整技術を保有しており、数十件の特許を保有。グラフェン材料の生産から、熱伝導フィルムの加工まで一貫して手掛けることができる。広東省東莞市の市政府と共同で材料のR&D拠点を立ち上げており、グラフェンに特化した研究開発を行っている。

最近では、同社が開発したグラフェンシートが放熱材料として、中国の電気自動車分野で注目されているNIOが開発したNIO Phoneで採用されたことを発表。

Xiaomiも出資をしており、今後が注目される中国ベンチャー企業である。

Universal Matter:急加熱で生産されるフラッシュグラフェン

Universal Matterはフラッシュ加熱を利用した低コストグラフェンの生産技術開発を進めてきた。

https://www.universalmatter.com/wp-content/uploads/2020/01/Graphene_01-1.mp4

当該技術はバイオマス、再生プラスチックやゴム、石炭、石油コークス、食品廃棄物などを原料とする。

加圧しながら通電することで、材料を3,000ケルビン(2,726℃)程度まで急激に加熱(フラッシュ加熱)し、グラフェンを生産する。元々は米国の大学であるRice Universityが開発した同技術は溶媒や原料以外の化学的添加物を必要とせず、クリーンなプロセスだという。

日本触媒:コストダウンで活用が期待される酸化グラフェン

ベンチャーではなく大手企業として取り上げるが、大手化学メーカーの日本触媒でも酸化グラフェンの開発を行ってきた。酸化グラフェンはグラフェン同士が凝集しにくく、分散性に優れるという特徴を有する。

従来、グラフェンの酸化プロセスで使用していた強酸性溶媒がコスト面で不利に働いていたが、日本触媒ではこのプロセスを見直し、より安価な酸化グラフェン製法を確立した。

酸化グラフェンと同様、グラフェンに修飾を施すことでグラフェンを改質しようとする研究・開発は多い。グラフェンにバイオマーカーなどを修飾すれば高性能なセンサとして機能することが知られている。

AMO GmbH:グラフェンFET

AMO GmbHはドイツ州政府の支援によって1993年に設立された産学連携研究機関であり、企業だ。早くからエレクトロニクス分野でのグラフェン利用に注目し、世界初となるグラフェンベースのトップゲートFETを製作した。

同研究機関で培われた技術により幾つかのスタートアップが立ち上げられたが、そのうちの1つであるBlack Semiconductorはグラフェンを用いた光電子デバイス開発に取り組んでいる。

グラフェンが高い電荷移動度を持つため、グラフェンをベースとしたFETは大きな電流密度を有する。一方で、真性グラフェンはバンドギャップを持たないためにoff電流を抑えることが難しい。

こうした課題に対しては、不純物や格子欠陥を導入することでグラフェンのバンド構造を制御し、各種特性の向上を目指す研究が進められている。

グラフェンの利用拡大に必要な生産プロセスの成長余地

グラフェンが多様な産業で活用されるためには、やはり低コストで大量生産できる生産プロセスが求められる。もっとも、NanoXploreや日本触媒のように、これらの課題が部分的に解決された例もあり、同様の事例が今後も現れR&Dへの再投資が進んでいけば光明が見えてくるだろう。

その結果として、グラフェンがエレクトロニクスをはじめとする各分野の技術の推進役となることが期待される。


※1:Synthesis of Graphene Oxide (GO) by Modified Hummers Method and Its Thermal Reduction to Obtain Reduced Graphene Oxide (rGO), Scientific Research(リンク

※2:Graphene Market Size, Share & Trends Analysis Report By Product (Graphene Oxide, Graphene Nanoplatelets), By Application (Electronics, Composites, Energy), By Region, And Segment Forecasts, 2023 – 2030, GRAND VIEW RESEARCH(リンク

※3:The global graphene market size was valued at $337.0 million in 2022 & is projected to grow from $432.7 million in 2023 to $2,957.9 million by 2030... Read More at:-  https://www.fortunebusinessinsights.com/graphene-market-102930, FORTUNE BUSINESS INSIGHT(リンク

※4:WHO WE ARE, NanoXplore(リンク

※5:OUR TECHNOLOGY, NanoXplore(リンク

※6:Rice lab turns trash into valuable graphene in a flash, ライス大学(リンク

※7:酸化グラフェン, 日本触媒(リンク

※8:修飾酸化グラフェンの特性および用途, Merck(リンク

※9:Our Story, AMO(リンク) ※10:Black Semiconductor(リンク


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  • 記事・コンテンツ監修
    小林 大三

    アドバンスドテクノロジーX株式会社 代表取締役

    野村総合研究所で大手製造業向けの戦略コンサルティングに携わった後、技術マッチングベンチャーのLinkersでの事業開発やマネジメントに従事。オープンイノベーション研究所を立ち上げ、製造業の先端技術・ディープテクノロジーにおける技術調査や技術評価・ベンチャー探索、新規事業の戦略策定支援を専門とする。数多くの欧・米・イスラエル・中国のベンチャー技術調査経験があり、シリコンバレー駐在拠点の支援や企画や新規事業部門の支援多数。企業内でのオープンイノベーション講演会は数十回にも渡り実施。

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