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高強度、高熱伝導性のナノチューブ「BNNT」の動向

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カーボンナノチューブ(CNT)とよく似た構造を持つナノチューブに、Boron Nitride Nanotube(BNNT、窒化ホウ素ナノチューブ)がある。しかし、BNNTにはCNTと似通った性質があれば異なる特性も有している。

本稿ではBNNTの特徴や製法、市場の規模、関連するスタートアップを紹介する。

BNNTとは?ホウ素と窒素で構成されるナノチューブ

BNNTは、カーボンナノチューブ(CNT)の炭素(C:Carbon)がホウ素(B:Boron)と窒素(N:Nitride)によって交互に置換されたような構造を持つ。 下図は、東京都立大学大学院や東京大学大学院など複数の研究機関が無機ナノチューブの単層合成法を開発したとのプレスリリースに用いられたBNNTの概念図だ。オレンジ色がホウ素、緑色が窒素となっている。

窒化ホウ素ナノチューブのイメージ

画像引用)東京都立大学大学院などが研究結果を発表したプレスリリースより

BNNTはCNTと同様に優れた機械強度を持ち、熱伝導性の高い軽量ナノ材料だ。

一方で、両者には明確な違いも存在する。CNTとは異なるBNNTの特性として代表的なものを以下にまとめた。

  • バンドギャップが非常に大きく(~5.5 eV)、絶縁体
  • 優れた抗酸化性と熱安定性(大気中、900℃で安定に存在)
  • 放射線遮蔽能力
  • 白色

CNTはディラックコーンと呼ばれる特殊な電子バンド構造を有し、バンドギャップがほぼ存在しない。一方のBNNTは明確なバンドギャップを有するため、電気特性としては絶縁体だ。

また、BNNTは優れた熱安定性を有する。BNNT紙を天然ガスの炎で加熱する実験では、BNNT紙は150秒暴露後も元の状態を維持する。同様の暴露実験をCNTで行った場合、数秒ともたない。

以上のような特性から、機械的補強、透明バルク複合材料、高温材料、放射線遮蔽材などへの応用が期待される。

BNNTの製法|各研究機関が量産目指す

BNNTはCNT同様、アーク放電法や化学気相法(CVD)で生成できる。アーク放電法とは原料に対して瞬間的に大きな圧力と電圧を加える方法、CVDは気化させた原料を基板上に堆積させる方法だ。

また、BNNTの製造においては、CNT製造においてあまり使われない製造法が利用されている。一例として「誘導結合プラズマ法(ICP:Inductively Coupled Plasma)」があるが、本手法によって高品質なBNNTが大量に合成できることが分かってきた。

ICPは、高周波誘導コイルで電子を加速して気体ガスに衝突させ、電離と電子密度の増加を連鎖させることによって高温のプラズマを生成する方法だ。BNNT製造においてはICPによって安定したアルゴンプラズマを形成し、そこに純粋な六方晶窒化ホウ素(h-BN)と触媒である水素を導入すると、アルゴンプラズマによって原料がバラバラに分解された後、バルク状にまとまったBNNTが合成される。

BNNTが大量に合成できるようになれば最終製品などのコストの低下が見込めるため、大量生産プロセスの開発に多くの研究機関が参加している。

市場|2020年代の年平均成長率は10%前後か

Reports and Data 調べによる BNNTの市場規模は、2019年の4.2m$から2027年には7.8m$に成長するとされ、2027年までの年平均成長率は9.3%と予測した。同様に、Valuatesの調査では2022年から2029年の年平均成長率は10%としている。

BNNTの生産性は漸進的に増しているが、未だCNTよりも高い生産コストは市場拡大の足かせとなっているようだ。

スタートアップ4社の動向

ここからは、BNNT関連スタートアップを紹介する。先にCNTより高い生産コストがBNNTの課題であると触れたが、多くのスタートアップもさまざまな製法で生産効率の向上やコスト低減を目指している。

crunchbase、PitchBookより当社作成

BNNano|飲料水のPFAS除去にも活用

BNNanoは2016年に設立された米国のスタートアップで、NanoBarbブランドでBNNTの販売を行っている。BNNanoのBNNT製造では、上述したICPのようなプラズマによる原料の分解と混合プロセスが含まれる。同社はその特徴として、圧倒的なコストパフォーマンスを挙げた。

BNNanoは飲料水から有機フッ素化合物(PFAS)を取り除くシステムを開発し、PFAS除去を推進する民間団体Invicta Waterやアメリカ環境保護庁などと協力して事業展開を進めている。

BNNT Technology|価格引き下げで親会社の評価高まる

BNNT Technologyは、オーストラリアのDeakin大学、オーストラリア政府、PPKグループ(技術インキュベーション・投資企業)などと共にBNNTの製造・応用に関する研究開発を行う。

Deakin大学の特許取得済みBNNT製造技術は、基板上にBNNTを成長させる特殊な気液反応だ。触媒として機能する金属化合物にホウ素粒子を含む液体を塗布し、窒素雰囲気化で高温に加熱することでBNNTが得られる。

2023年10月には、BNNTの従来の相場価格である約400$/gから、同社は最も安いもので約150$/gまで引き下げることに成功したと親会社に当たるPPKグループが発表。この発表後、オーストラリア証券取引所でのPPKの株価が、0.82オーストラリアドルから1.10オーストラリアドルへ上昇する場面も見られた。

BNNT Technologyでは、BNNTの用途開拓も進めてきた。リチウム硫黄電池の固体電解質、電子機器用の放熱コンポーネント、3Dプリンティング用インク、透明防弾材料など、さまざまな用途へのBNNTの活用が期待される。

BNNT Materials|NASA・米エネルギー省からのスピンオフ

BNNT Materialsは、2010年に米航空宇宙局(NASA)および米エネルギー省からのスピンオフで設立された。同社は加圧蒸気/コンデンサー法(PVC:pressurized vapor/condenser)によってBNNTを生産する。

本手法はレーザーなどによって加熱、蒸発させたホウ素蒸気と窒素を高圧にしてチャンバー内に閉じ込める方法だ。触媒が不要であり、純度の高いBNNTを製造できるという特徴を持つことから、航空宇宙、医療など、高付加価値用途向けの販売を行っている。

また、原料組成を変えることで、一般式BxCyNzで表されるような、炭素、ホウ素、窒素からなるナノチューブの生成も可能だ。BNNTは絶縁体、CNTは金属的な電気伝導性を示すため、BCNナノチューブの組成調整による電気特性の制御が可能となるかもしれない。

NASAが公開しているBxCyNzナノチューブの開発に関する動画


NAiEEL|熱処理を用いたBNNT合成

NAiEELは2015年に韓国原子力研究所の研究者によって設立された。

同社のボールミリングアニーリングプロセスは、鉄ベースのステンレスでホウ素を粉末状に粉砕し、その後窒素雰囲気熱処理をする。ボールミリング中には微量の鉄粉末が混入するが、この鉄粉末が触媒の機能を果たすことで、スムーズなBNNT合成が可能となる。本手法は韓国原子力研究所と忠南大学によって開発された。

同社は熱中性子を遮蔽する航空宇宙・原子力施設向け構造材、がん治療における放射線吸収材、低温活性触媒など、数多くの特徴的なアプリケーション開発に携わっている。

BNNT進化には技術発展と人材が不可欠

BNNTが活用されるためには、生産コストの低下が求められる。BNNT Technologyの解説で述べたように現状では約400$/gと大変高価であり、同社は価格の引き下げに成功したと発表しているとはいえ、あくまでも安い価格帯のものである。

また、スタートアップの多くが研究機関からのスピンアウトであり、BNNTの進化のためには資金だけでなく学界や企業が優秀な人材を獲得することも求められそうだ。


参考文献:
※1:Boron nitride nanotubes and process for production thereof, Google Patentsによる特許情報(リンク
※2:Materials and Chemicals - Boron Nitride Nanotubes (BNNT) Market、REPORTS AND DATA(リンク)
※3:Boron Nitride Nanotubes (BNNT) market was valued at US$ 43 million in 2022 and is anticipated to reach US$ 84 million by 2029, witnessing a CAGR of 10.0%, Valuates(リンク
※4:COMPOSITIONS AND AGGREGATES COMPRISING BORON NITRIDE NANOTUBE STRUCTURES, AND METHODS OF MAKING, JUSTIA Patentsによる特許情報(リンク
※5:Our Technology, Invicta Water(リンク
※6:METHOD OF MANUFACTURE, JUSTIA Patentsによる特許情報(リンク
※7:BNNT production costs drop opens way to new uses, AuManufacturing(リンク
※8:BNNT Technology(リンク
※9:BNNT Materials Company Profile, BNNT LLC(リンク
※10:Raw BNNT Materials, BNNT LLC(リンク
※11:Boron Nitride Nanotubes: Recent Advances in Their Synthesis, Functionalization, and Applications, MDPI(リンク
※12:Bxcynz nanotube formation via the pressurized vapor/condenser method Google, Patentsによる特許情報(リンク
※13:Synthesis and growth of boron nitride nanotubes by a ball milling–annealing process, ScienceDirect(リンク
※14:Applications, NAiEEL(リンク


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  • 記事・コンテンツ監修
    小林 大三

    アドバンスドテクノロジーX株式会社 代表取締役

    野村総合研究所で大手製造業向けの戦略コンサルティングに携わった後、技術マッチングベンチャーのLinkersでの事業開発やマネジメントに従事。オープンイノベーション研究所を立ち上げ、製造業の先端技術・ディープテクノロジーにおける技術調査や技術評価・ベンチャー探索、新規事業の戦略策定支援を専門とする。数多くの欧・米・イスラエル・中国のベンチャー技術調査経験があり、シリコンバレー駐在拠点の支援や企画や新規事業部門の支援多数。企業内でのオープンイノベーション講演会は数十回にも渡り実施。

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