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グリーンスチールを2025年に生産開始。スウェーデンのスタートアップ「H2 Green Steel」

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カーボンニュートラルが強く求められる産業の一つである、製鉄。これまでの製鉄プロセスでは、大量のエネルギー使用などから二酸化炭素(CO2)も同じく大量に発生していた。また、需要側は建設や輸送機器などであり、人間の経済活動に不可欠な素材である点から、今後も一定の需要が続くと見られる。

既存の製鉄大手はCO2排出を削減した「グリーンスチール」の生産に取り組み始めた。そして、グリーンスチールに特化したスタートアップも存在する。今回は、スウェーデン発のグリーンスチール生産を目指すスタートアップ、H2 Green Steelの製鉄プロセスと企業としての活動状況を見てみたい。

鉄鋼業とカーボンニュートラルの概説|なぜ「グリーンスチール」が求められるのか?

H2 Green Steelの詳細の前に、鉄鋼業でカーボンニュートラルが求められる理由と現状について確認したい。

製鉄の過程では、1トンの鉄を造るのに1.8トンのCO2を排出する。製鉄の方法には、鉄鉱石から鉄を還元する高炉によるものと、すでに造られた鉄を溶かして造り直す電炉による2種類があるが、特にCO2排出が多いのは高炉だ。鉄を還元するには電力、ガスといった大量のエネルギーが必要とされ、また化学反応を起こす際にもCO2が発生するためだ。

2016年の温室効果ガス排出量を産業別で見ると、製鉄は7.2%という割合で3番目に多い産業となっている。なお、最も多いのは「自動車交通」の11.9%、2番目は「住宅」の10.9%だ。

製鉄そのものは目新しい技術、産業ではないが、建築や自動車をはじめとした交通には不可欠のものだ。また今後、生まれる先進技術が民生活用するまで普及したとき、鉄がパーツの一つとして使われることもあるだろう。

よって、需要が急減することは考えづらく、鉄鋼業者や鉄を需要する側のカーボンニュートラルへの取り組みが求められる。

そこで、H2 Green Steelに限らず、日本製鉄やアルセロール・ミタルなどといった世界の鉄鋼大手も、グリーンスチールの提供を始めた。ここでは、鉄鋼大手のグリーンスチールはどのような生産過程をたどるかを、端的に紹介する。各社の具体例は参考文献(※2)をご覧いただきたい。

  • CO2排出の少ない電炉の活用
  • 原料である鉄鉱石の一部を別素材に代替
  • 排ガスの回収・高炉への投入により、石炭使用を削減
  • 再生可能エネルギーの活用

H2 Green Steelの概要|スウェーデンに製鉄所を建設中

H2 Green Steelは、スウェーデン・ボーデンに拠点を置くグリーンスチールのスタートアップだ。設立は2020年で、2022年にボーデンにて製鉄所が着工。2025年に完成予定となっている。製鉄過程において、CO2排出量を従来から95%減できる点を、同社は訴求する。 その他、同社の基本情報をお伝えする。

  • 設立年:2020年
  • 拠点国:スウェーデン
  • 資金調達フェーズ:シリーズB
    (EU、国際銀行、銀行団からの融資が資金調達の中心)
  • 資金調達額:10.9b$(約1.6兆円)
  • 協業・投資する企業(一部抜粋)
    • Siemens Financial Services
    • ING Ventures
    • Microsoft Climate Innovation Fund
    • European Investment Bank
    • Mercedes-Benz Group
    • SCANIA
    • 日立エナジー
    • 神戸製鋼所

ボーデンで建てられている製鉄所の模様は、H2 Green SteelがYou Tubeで公開しているので、併せてご覧いただきたい。


グリーンスチールの生産について

H2 Green Steelは、製鉄所完成後の初期段階で2.5mトン/年、2030年までに5mトン/年の生産を目指す。世界最大の製鉄企業である宝鋼集団の広東省湛江市にある製鉄所は10mトン/年、日本製鉄の製鉄所は大きめのサイズで5mトン/年前後であることを考えると、決して小さくない規模だ。

大量生産をしつつどのようにカーボンニュートラルを図っていくのか? 製鉄過程、さらに過程の中で重要な位置を占める「DRリアクター」から探る。

製鉄過程

H2 Green Steelが説明するグリーンスチールの生産は、大きく分けて5つのプロセスからなる。

  • 再生可能エネルギーを用いた水電気分解によるグリーン水素の生産
  • DRリアクターを用いた直接還元鉄(DRI)の精製
  • DRIと鉄スクラップを電炉で溶解し、鉄から鋼へ変換
  • 連続鋳造および圧延
  • 仕上げ

最初に生産されるグリーン水素は、鉄鉱石から鉄への還元をするために用いられるもの。DRリアクターでの精製は、従来の高炉での製鉄過程に相当する。DRリアクターについては、後ほど詳述する。

高炉での製鉄はこれまで還元した鉄を転炉に送り、不純物を取り除いていた。H2 Green Steelではこれに当たる過程を電炉で実施。その後の過程は従来の製鉄と大きな差はないものの、プロセスの統合化でエネルギー消費を削減するという。

グリーンスチール生産プロセスの要となる「DRリアクター」とは?

DRリアクターで水素と鉄鉱石の化学反応を起こし、直接還元鉄=DRIがつくられる。

鉄鉱石には酸素が含まれており、これを除去しなければ鉄を取り出せない。従来は、石炭からコークスを生産し、そのコークスと鉄鉱石の反応によって酸素が除去されていた。

しかし、酸素の除去で生み出されるのがCO2、および一酸化炭素だ。この点が、高炉での製鉄でCO2排出が多くなる原因の一つである。しかし、DRリアクターは、水素と鉄鉱石内の酸素を反応させるので、副産物は単なる蒸気である。

なお、つくられたDRIは製鋼のためすぐ電炉へと移されるが、一部は冷却されたHBIと呼ばれる原料になる。HBIは低温で長距離輸送も可能であるため、H2 Green Steelに出資もしている神戸製鋼所は、将来的に購入する意向だ。

メンバーから見るH2 Green Steel|CEOはVW Group出身

H2 Green SteelのCEOを務めるのは、Henrik Henriksson氏。同氏のLinkedInによるとCEO就任は2021年5月とのことで、設立から少し経ってからのこととなる。H2 Green Steelより前の職歴は、Volkswagen Groupのトラック・バスメーカーであるSCANIAのCEOだった。SCANIAは2023年6月、H2 Green Steelに素材の発注をしたことを発表している。

また、H2 Green SteelでCDOを務めるのは北欧で最大規模のプライベート・エクイティ・ファンドであるEQTでCDOを務めた人物であり、他にもMetaの管理職経験者やスペインの大型車メーカー・IRIZARで社長を務めた人物など、多様な人材が集まっていることがうかがえる。

H2 Green Steelからの供給契約を結んだ企業|自動車メーカーが中心

H2 Green Steelが実際に生産を始めるのは2025年以降だが、すでに同社から材料を購入すると決めている企業が存在する。多くは自動車メーカーだ。

  • BMW Group
  • Mercedes-Benz Group
  • SCANIA
  • ZF
  • VOLVO

このうちMercedes-Benz Groupは、H2 Green Steelの生産開始後、年間50kトンの鋼材を調達すると、具体的な数字を挙げている。ZFはドイツの自動車部品メーカーだが、EVの完成品生産を目指す企業だ。

まとめ|鉄鋼大手の技術活用も求められる

建設や自動車、あるいは各種機械などに使うための、鉄を代替できるような素材はすぐにはできそうもない。

そうなれば当然、製鉄の段階でCO2を大幅に削減、そしてゼロにしていくことが求められる。 H2 Green Steelの技術も、そして世に出るであろうプロダクトも、画期的だ。

しかし、毎年1bトン台を記録する世界全体の粗鋼生産量から比べれば、彼らが生産するボリュームはまだまだごく一部ともいえる。他のスタートアップの登場、そして開発された技術を鉄鋼大手が活用する日の早期到来が望まれる。



参考文献:
※1:カーボンニュートラル基礎知識および鉄鋼業界の取組み, 一般社団法人特殊鋼倶楽部(リンク
※2:鉄鋼業のカーボンニュートラルに向けた国内外の動向等について, 経済産業省(リンク
※3:H2 Green Steel(リンク
※4:thyssenkrupp nucera Supplies the Electrolyzers for H2 Green Steel to Build One of the Largest Integrated Green Steel Plants in Europe, thyssenkrupp nucera(リンク
※5:スウェーデン・H2グリーンスチール社向けMIDREX H2™直接還元鉄プラントの新規受注 ならびに同社への出資について, 神戸製鋼所(リンク
※6:Scania places first green steel order in further step towards decarbonised supply chain, SCANIA(リンク
※7:Henrik Henriksson, LinkedIn(リンク
※8:H2 Green Steel and BMW Group sign final agreement on delivery of CO2-reduced steel, H2 Green Steel(リンク
※9:Mercedes-Benz and H2 Green Steel secure supply deal, Mercedes-Benz Group(リンク
※10:H2 Green Steel in 1.5 billion Euro agreement with ZF, H2 Green Steel(リンク
※11:H2 Green Steel collaborates with Volvo Group for supply of near zero emissions steel, H2 Green Steel(リンク



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  • 記事・コンテンツ監修
    小林 大三

    アドバンスドテクノロジーX株式会社 代表取締役

    野村総合研究所で大手製造業向けの戦略コンサルティングに携わった後、技術マッチングベンチャーのLinkersでの事業開発やマネジメントに従事。オープンイノベーション研究所を立ち上げ、製造業の先端技術・ディープテクノロジーにおける技術調査や技術評価・ベンチャー探索、新規事業の戦略策定支援を専門とする。数多くの欧・米・イスラエル・中国のベンチャー技術調査経験があり、シリコンバレー駐在拠点の支援や企画や新規事業部門の支援多数。企業内でのオープンイノベーション講演会は数十回にも渡り実施。

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