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メタン熱分解(ターコイズ水素)技術の動向|3つの方法と商用化の現状

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メタン熱分解は近年の技術革新によってコスト効率が改善され、水素需要の高まりも相まって注目を集めている。水素を得るだけでなく、副生成物としてタイヤなどに用いられるカーボンブラックを得られる生産技術だ。

本稿では水素生産技術の概要、メタン熱分解の原理、メタン熱分解の商用化の現状などを取り上げる。

水素生産技術の概要|水蒸気改質と電気分解での課題

メタン熱分解について触れる前に、他の水素生産技術の現状について見ておこう。

水素を製造する方法として現在最も広く利用されているのは、水蒸気改質だ。石油や天然ガスと水蒸気を触媒下、700℃以上の高温で反応させる方法で、メタンと水蒸気の場合、以下のような反応が進行する。

CH4 + 2H2O → CO2 + 4H2

水蒸気改質は工業的に完成された低コストプロセスだが、上記の式を見て分かる通りCO2を排出する。水素の利用に注目が集まる理由は、燃焼時に温室効果のあるCO2を排出しないためだが、生産時にCO2を排出するのであれば本末転倒となってしまう。こうした水素は、後述する「グレー水素」(CO2を回収・貯蔵する場合は「ブルー水素」)に該当する。

そのため、近年ではCO2フリーな水素生産技術の開発が進められている。代表的なものは水の電気分解だ。下のような化学反応式で表される電気分解プロセスは、CO2を排出しないだけでなく、原料も水だけなので安価にほぼ制限がなく入手できる利点がある。

2H2O → 2H2 + O2

ただし、水の電気分解には大量の電力が必要だ。電力生産に係るCO2排出状況は各国で異なるが、再生可能エネルギー100%(カーボンリサイクルをしない方式の地熱発電を除く)を実現した国が存在しない以上、CO2の排出は少なからず生じている。また、水蒸気改質と比べて高いコストが問題となり、いまだ普及は進んでいない。

電解槽による水素製造の技術動向については、以下の記事にもまとめられているので参照していただきたい。

参考記事:開発が進む水素関連技術の動向(電解槽編)

水素の「色」とは?

ここでは補足的な内容として、水素の「色分け」を取り上げる。

水素は生産プロセスやCO2排出の有無などにより「グレー水素」「ブルー水素」「グリーン水素」などというように、色で分けて呼ばれる。本稿のテーマであるメタン熱分解は、「ターコイズ水素」に該当する。 それぞれの定義を以下の表で示すので、本稿のみならず他の水素関連資料を読まれる際や商談などでの参考にしていただきたい。

あいち産業科学技術総合センター「水素の“色”について」、NIKKEI GX「『ホワイト水素』、グリーン超えるか 2024を読む」を基に当社作成


メタン熱分解とは?具体的な3つの技術

メタン熱分解はCO2排出や電力消費、コストの増大を抑制する新たな技術として開発が進められてきた。文字通りメタンを高温で分解するプロセスで、以下のような化学反応が進行する。

CH4 → C + 2H2

メタン熱分解ではCO2を排出しないが、メタンを熱で直接分解するためには高い温度が必要だ。実質的に必要なエネルギーは、電気分解よりかなり小さい。

従来、メタン熱分解はコストに対して得られる利益が少なく普及に至らなかったが、プラズマを利用した高温熱分解プロセスの技術革新で状況が変わりつつある。

プラズマ

米ネブラスカ州のスタートアップ・Monolithはプラズマを利用した高温プロセスをコア技術とし、2012年に設立した。

これまでメタン熱分解は燃焼熱などで高温にした炉の中で進行するものが一般的だった。この場合、炉の中はせいぜい1000℃程度だが、プラズマ熱分解の場合、局所的には2000℃を超えるエネルギーが作用し、メタンを分解する。

高い温度は反応効率向上に寄与し、生産性を高めるだけでなく、これまでにない副生成物をもたらした。水素と分離された純粋な粉末状炭素「カーボンブラック」は樹脂の強度を高められる。カーボンブラックは主にタイヤの補強材として利用されてきた。

プラズマによるメタン熱分解については英ケンブリッジのLevidianや米カリフォルニア州のReCarbonなど、他のスタートアップも登場している。

熱触媒

ドイツの大手化学メーカーBASFは化成品生産における温暖化ガス排出削減に取り組んできた。この一環として進められているのが、電気加熱式スチームクラッカーという高温炉の開発だ。

オレフィン(不飽和炭化水素)をはじめとして高温プロセスが必要となる化成品の生産に利用される予定で、加熱時にCO2排出が少ない。この電気炉をメタン熱分解でも利用することが検討されている。大型炉で一度に大量の水素を生産できれば、重量当たりのコスト低減が可能だ。

BASFが進める外部加熱式のメタン熱分解の場合、反応を効率的に進めるために触媒が利用される。分解の効率が低いため、プラズマ方式のようにカーボンブラックを取り出せるわけではないが、化学分野で培われてきた高温炉のノウハウが転用できることは大きな利点といえるだろう。

また、近年の触媒関連技術の発展は著しく、将来的にメタン熱分解の分野でも高性能な触媒が開発されることで効率が大きく向上する可能性も十分に考えられる。

マイクロ波加熱

メタン熱分解には上記以外にもさまざまな方式が検討されている。その中の一つがマイクロ波加熱だ。

マイクロ波は古くから物質の加熱に利用できることが知られており、家庭でも電子レンジやIHコンロの形で利用されてきた。電子レンジやIHコンロは火を使う加熱方式よりエネルギー効率が高いことが知られている。

電子レンジで食品を温められるのは水分子が照射されたマイクロ波と共振するためだが、これには分子内の極性が大きく関わっている。水は分子内に大きな極性を持つが、メタン分子は等方的であり、水と同じ原理で加熱することはできない。

トロント大学、Murray J. Thomson氏らの研究室で用いられているマイクロ波加熱プロセスは、IHコンロと同様の渦電流を用い、メタンを間接的に加熱する方式を採用した。流動床反応器内に固体炭素を充填し、ここにマイクロ波を照射することで固体炭素に渦電流が生じ、反応器内部が加熱される方式だ。反応器にメタンを注入していけば、熱分解反応が進行する。

Murray J. Thomson氏がChief Science Officerとして参画するスタートアップ、Aurora Hydrogenは、このマイクロ波加熱による水素製造の商業化を目指す。2021年に設立した同社はこれまでに15.9m$の資金調達に成功した。

Monolithに見るメタン熱分解の商用利用の状況|第2工場が2024年内に完成予定

メタン熱分解の商用利用について、ここで取り上げたい。しかし、BASFの熱触媒は実証段階であり、Aurora Hydrogenも設立から間もなく2022年がシリーズA調達ラウンドという段階なので、ここではMonolithのプラズマでのメタン熱分解に触れる。

Monolithは2022年までに、364.3m$を調達している。同社が明らかにしている投資家は以下の通り。

ベンチャー・キャピタル系

  • Azimth Capital Management
  • Cornell Capital
  • Imperative Ventures
  • Perry Creek
  • TPG Rise Climate
  • Warburg Pincus

事業会社系

  • 米国三菱重工
  • NextEra Energy
  • SK Group

米国三菱重工は2020年11月に出資しており、三菱重工本社は「水素の製造・供給分野への進出」を明言している。米再生エネルギー大手のNextEra Energyと韓国四大財閥の一角であるSKグループは2021年6月、同時に出資を発表した。SKは、韓国市場での水素事業でMonolithの技術力を活用していくと見られる。

日本円にして50億円を超える資金を集められているのは、単にターコイズ水素を生産できるだけでなく、カーボンブラックという副生成物の存在もある。The Goodyear Tire & Rubber Companyは2023年5月、Monolithのカーボンブラックを使用したEV向けタイヤを発表した(写真)。

The Goodyear Tire & Rubber Companyプレスリリースより


水素においてもカーボンブラックにおいても、全体的な生産規模や生産額は明らかにされていないものの、ある程度の商用化は進んでいることがうかがえる。商用規模の第1工場(写真)が2020年より稼働中で、2024年内には第2工場が完成する予定であるためだ。
三菱重工プレスリリースより

余談だが、本稿前半で水素の色分けについて触れた。しかし、MonolithのSenior Director(当時)・Kelsey Roste氏は、こうした色の定義は曖昧であるため「私たちは水素を色の観点から考えたくない」とエネルギーメディアのインタビューで語っている。

まとめ|100年の時を経て結実するメタン熱分解

メタンを熱分解するというアイデアは、実のところ最近生まれたものではない。立命館大学教授などを務めた化学者の窪川眞男は、京都帝国大学に在籍していた1929年に、まさに「メタンの熱分解」というタイトルの論文を著している。

つまり、概念としては遅くとも約100年前に存在していたのだ。それが、商用化されるまでに時間がかかったのは、やはり熱分解するための技術がこれまで存在しなかったからであるだろう。

再生可能エネルギーの中で水素の利用は、例えば発電であれば必要量が非常に多い、生産にコストがかかる、といった側面から軽視される場合もある。メタン熱分解が進歩していけば、水素が再生可能エネルギーのメインプレイヤーになる可能性が生まれる。


※1:メタン・二酸化炭素・水素のための触媒, 関根泰他(リンク
※2:固体酸化物形電解セルを用いた共電解技術の開発, 島田寛之他(リンク
※3:Innovative Processes for Climate-Smart Chemistry, BASF(リンク
※4:Monolith(リンク
※5:テクノロジーの展望メタン熱分解の主要企業, Lux Research(リンク
※6:グッドイヤー、EV向けタイヤに新開発のカーボンブラックを採用, 櫛谷さえ子, 『日経クロステック』(リンク
※7:Levidian(リンク
※8:ReCarbon(リンク
※9:BASF、SABIC、Lindeの3社、世界初の大規模電気加熱式スチーム クラッカー実証プラントの建設を開始, BASF(リンク
※10:BASF、クライメート・ニュートラル(気候中立)へのロードマップを提示, BASF(リンク
※11:CO2-free hydrogen production via microwave-driven methane pyrolysis, Murray J. Thomson他(リンク
※12:Aurora Hydrogen(リンク
※13:Monolith, crunchbase(リンク
※14:メタン(CH4)から水素(H2)と固体炭素(C)を直接生成へプラズマ熱分解技術をリードする米国モノリス社に出資
※15:MONOLITH MATERIALS RECEIVES INVESTMENTS FROM SK INC. AND NEXTERA ENERGY RESOURCES, Monolith(リンク
※16:SK E&S、青緑水素事業に始動…米企業「モノリス」に投資, 『亜州日報』2022年7月19日(リンク
※17:The Hydrogen to Power a Green World., 米国立エネルギー技術研究所が公開しているMonolithプレゼンテーション資料(リンク
※18:MONOLITH: METHANE PYROLYSIS AT COMMERCIAL SCALE, GAS PATHWAYS(リンク
※19:メタンの熱分解, 窪川眞男, 京都帝国大学物理化学研究室『物理化学の進歩』(リンク


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  • 記事・コンテンツ監修
    小林 大三

    アドバンスドテクノロジーX株式会社 代表取締役

    野村総合研究所で大手製造業向けの戦略コンサルティングに携わった後、技術マッチングベンチャーのLinkersでの事業開発やマネジメントに従事。オープンイノベーション研究所を立ち上げ、製造業の先端技術・ディープテクノロジーにおける技術調査や技術評価・ベンチャー探索、新規事業の戦略策定支援を専門とする。数多くの欧・米・イスラエル・中国のベンチャー技術調査経験があり、シリコンバレー駐在拠点の支援や企画や新規事業部門の支援多数。企業内でのオープンイノベーション講演会は数十回にも渡り実施。

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