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アジアのサステナブル燃料企業として中心的存在・EcoCeresとは

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カーボンニュートラルを達成するための手段の一つに、サステナブルな生産プロセスを経た燃料がある。特に、エンジンなど従来の動力源がそのまま活用できる燃料があり、これまで化石燃料を取り扱ってきた企業がスタートアップへ投資するケースが相次ぐ。

同様に、香港のガス最大手Hong Kong and China Gas(ブランド名 Towngas)出資の下、立ち上がったのがEcoCeresだ。本稿では、EcoCeresの企業としての全体像やプロダクトを探る。

EcoCeresのあらまし|香港のガス最大手が母体

EcoCeresは、現在もCEOを務めるPhilip Siu氏を共同創業者としているものの、母体となっているのは香港域内のガス会社であるTowngasだ。Siu氏もTowngasでCOOを務めていた人物である。

Towngasは、香港の富裕層の中でも特に著名なLee Shau Kee氏が率い、香港域内のガス供給において独占的な立場にある。もっとも、EcoCeresに対しては、Towngasのみが出資しているわけではなく、これまでシリーズA、シリーズBの資金調達が実施され、シリーズBにはBain Capitalが応じた。

企業としての概要は、以下の通りである。

  • 設立年:2018年
  • 拠点国:香港
  • 資金調達フェーズ:シリーズB
  • 資金調達額:508m$(約76b¥。シリーズA・Bの調達額のみ)

※crunchbase、公開情報より

EcoCeresの3つのプロダクト|各分野の市場動向とともに考察

EcoCeresのプロダクトは、植物の廃棄物や廃油をサステナブルな燃料へと変換したものだ。主に以下の3つの燃料であり、業界の動向を交えながら考察する。

  • 水素化植物油(HVO)
  • 持続可能な航空燃料(SAF)
  • セルロースエタノール

水素化植物油(HVO)

水素化植物油(HVO)とは、廃植物油や廃棄物の脂質を原料に精製した油である。ディーゼルエンジンにもそのまま使えるため、自動車や建機などに利用できるほか、火力発電でも化石燃料を使わない発電が期待される。

EcoCeresのHVOは、廃植物油と動物性脂肪に高温高圧を加え脱酸素し、生産。HVOの国際規格であるEN15940を満たしたものだ。

すでに、中国江蘇省のEcoCeresの工場でHVOなどの生産が行われている。同工場の生産能力は、HVOとSAFを合わせて年間300kトンだ。また、マレーシア・ジョホール州で建設中の工場は、年間350kトンの生産能力を有する。

このHVOで先行するのが、フィンランドのNesteだ。同社はヨーロッパ域内の工場だけで、2020年時点では約1.6mトンのHVOを生産する能力を有していた。さらに、2024年の早期に同社の世界全体の生産能力を向上させることを以前、発表していた。よって、本稿執筆時点ではすでにHVOの生産能力が上がっている可能性がある。

なお、EcoCeresは2024年3月、Nesteの元CEO・社長であるMatti Liebonen氏が同年1月末に、会長に就任したと発表している。サステナブル燃料業界を驚かせるニュースとなった。

持続可能な航空燃料(SAF)

航空機は、自動車や船舶などといった輸送面全体から見た二酸化炭素(CO2)排出量は極端に高いわけではないが、一度の運航で大量のCO2を排出する、輸送1人当たりのCO2排出量が多い、といった課題がある。

各国の航空会社が加盟する国際航空運送協会(IATA)は、2021年の年次総会で「2050年までのカーボンニュートラル」を目標に掲げた。

そして、航空業界がカーボンニュートラルで期待を寄せるのが、持続可能な航空燃料(SAF)である。

EcoCeresのSAFについて取り上げると、同社は前述のHVOを処理・アップグレードすることで精製する。こちらも、前出の中国の工場で生産され、建設中のマレーシアの工場でも生産予定だ。

また、EcoCeresのウェブサイトでの説明によれば、現段階では従来のジェット燃料との混合を前提に造られている。この点では、各航空会社も2050年までのカーボンニュートラルという目標に対して、段階的にSAFの比率を高めていく方針だ。具体的には、2030年時点でSAFの割合を10%とする航空会社が散見される。

一方、2050年に必要とされるSAFについて、IATAは449Gリットル(4億4900万kリットル)と試算する。比重を0.8とすれば、重さにして約359Mトン(3億5900万kトン)だ。つまり、EcoCeresの生産能力をすべてSAFに投じたとしても、世界の航空市場で必要とされる量と比べると微々たる規模となる。

この点は、EcoCeres一社にとどまらず、アジアの石油・SAF業界全体でもいえることであり、石油関連の技術や市場の調査を行う石油エネルギー技術センターは、「現時点ではアジア地域におけるSAFの生産量は非常に少量」「2030年までの航空会社各社の導入目標を充足するだけの製造能力はまだないと思われる」とまとめたレポートを発表している(参考文献※9)。

なお、SAF分野でEcoCeresの競合となるのは、前出のNesteや米国のGevoなどが挙げられる。

セルロースエタノール

EcoCeresは、セルロースエタノールも生産している。

ここまで取り上げたHVOとSAFは、バイオエタノールの一種と捉えられる場合があるだろう。バイオエタノールはサトウキビやトウモロコシといった食物系の原料(EcoCeresの場合は廃植物油)であるのに対し、セルロースエタノールは草本や木質などといった非可食のものを原料とすることが少なくない。そのため、両者は区別されることがある。

EcoCeresのセルロースエタノールの原料は、トウモロコシの非可食部である穂軸が中心。2023年5月には、850トンのセルロースエタノールを、初めてヨーロッパへ出荷した。セルロースエタノールは、ここまで取り上げた2つのプロダクトと異なり、中国河北省の工場で生産されている。

従来は、バイオエタノールと比べて生産プロセスでの温室効果ガス(GHG)排出量が少ない点がセルロースエタノールのメリットとされていた。しかし、近年ではバイオエタノールのGHG排出量はさほど多いわけではないという見解もある。

セルロースエタノールには、原料が食料としての利用と競合しないというメリットはいまだ残されているものの、今後どれだけ市場で求められるかは不透明な状況であるといえるだろう。

EcoCeresの主要メンバー

最後に、EcoCeresを構成するメンバーについて触れる。Towngas出身者とNeste出身者で、経営層にいる人物を取り上げる。

共同創業者・CEO:Philip Siu氏

Philip Siu氏は、イギリスの奨学金を受給して1985年までケンブリッジ大学に留学。工学学士ならびに同博士号を取得している。香港に戻ってからは、1992年に香港中文大学でMBA取得、2016年にはハーバードビジネススクールでアドバンストマネジメントプログラムを修了した。

職務経歴としては、EcoCeresのウェブサイトに香港空港局で世界最大規模の航空燃料タンクの設計や運営を行ったと記されているが、これがTowngasでのものか他社などでのものかは不明。前述の通り、2021年までTowngasのCOOを務めた。

2人のCOO:Dannis Poon氏とBin Xu氏

EcoCeresには、バイオグリース担当と廃棄物担当の2人のCOOがいる。いずれも、Towngas出身者だ。

バイオグリース担当のDannis Poon氏は、香港大学工学部卒業、Siu CEOと同じく香港中文大学でMBAを取得。Towngas入社後は、同社の環境関連事業を手掛けるECO社での経歴が長い。2018〜2021年まで、ECO社の上席副社長を務めた。

一方、廃棄物担当のBin Xu氏は、ヨーク大学で化学修士、チューリッヒ工科大学で触媒学博士号を取得。2021年までTowngasでR&D担当の上席副社長を務めた。

2人のNeste出身者:会長のMatti Lievonen氏とCCOのJeremy Baines氏

前述の通り、Nesteの元CEOであるMatti Lievonen氏が2024年1月、EcoCeresの会長に就任していたことが、サステナブル燃料業界に衝撃を与えた。

Lievonen氏は、Neste入社前にはフィンランドの林業会社であるUPM-Kymmeneに在籍。NesteのCEOには2008年に就任した。また、電力のFortumや製鉄のSSABなど、ヨーロッパの複数の大企業で経営に参画した経歴を持つ。

EcoCeresとの関わりは、シリーズBラウンドで出資したBainの特別顧問に就任したことから始まったという。

一方、Lievonen氏の会長就任より約1カ月前、もう1人のNeste出身者がEcoCeresに加わった。Jeremy Baines氏がその人で、2001〜2022年の長期にわたってNesteの関連各社で勤務した。2019年には米国法人社長に就任している。Neste退社後は、スイスのVaro EnergyでCCOを務めた。そして、2024年1月初頭に、EcoCeresのCCO就任が発表されている。

燃料大手の生産体制転換も求められるか

石油エネルギー技術センターの見解にもあったように、現状でアジア圏の需要を満たせるだけのSAF生産体制は構築されていないというのが自然な考え方だろう。これは、自動車や非常用電源などに使われる燃料でも同じことが言え、サステナブルなものに転換するにはそもそもプロダクトの入手が難しい状況だ。

そのため、スタートアップの技術を元に、既存の燃料を生産するプラントをサステナブル燃料が生産できる仕様へ転換していくという考え方もあり得る。燃料の質を高めていくのが大切であるとともに、需要に見合った量が必要とされる。


参考文献:

※1:Hong Kong tycoon’s energy empire ramps up green jet fuel push, the japan times(リンク

※2:Philip Siu, LinkedIn(リンク

※3:Biorefinery company EcoCeres secures series B financing from Bain Capital, Legal One(リンク

※4:欧米での製油所を活用したバイオ燃料製造の取り組み動向, 石油エネルギー技術センター(リンク

※5:会社概要, Neste(リンク

※6:EcoCeres Appoints Matti Lievonen as Executive Chairman, EcoCeres(リンク

※7:航空分野におけるCO2削減の取組状況, 国土交通省(リンク

※8:持続可能な航空燃料(SAF)の動向, 石油エネルギー技術センター(リンク

※9:アジアにおける持続可能な航空燃料(SAF)の生産・製造計画の動向, 石油エネルギー技術センター(リンク

※10:セルロース系バイオエタノール製造技術の開発─高収量バイオエタノール製造技術の実証試験成果─, 木内崇文ほか,『日本製鉄技報』417号(リンク

※11:EcoCeres Announces Its First 100% Agricultural Waste Produced Cellulosic Ethanol Shipment to Europe, Turning a New Chapter in Renewable Biofuels, EcoCeres(リンク

※12:セルロースエタノール生産技術の動向 いつになったら実現するのか?,城島透,『化学と生物』2021年8号(リンク

※13:Management Team, EcoCeres(リンク

※14:Philip Siu, WORLD ECONOMIC FORUM(リンク

※15:Dannis Ka Lok Poon, LinkedIn(リンク

※16:Bin Xu, LinkedIn(リンク

※17:Matti Lievonen appointed Neste Oil's new President & CEO, Neste(リンク

※18:EcoCeres Appoints Jeremy Baines Chief Commercial Officer and Simon Lee Chief Strategy Officer, EcoCeres(リンク

※19:Jeremy Baines, LinkedIn(リンク


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  • 記事・コンテンツ監修
    小林 大三

    アドバンスドテクノロジーX株式会社 代表取締役

    野村総合研究所で大手製造業向けの戦略コンサルティングに携わった後、技術マッチングベンチャーのLinkersでの事業開発やマネジメントに従事。オープンイノベーション研究所を立ち上げ、製造業の先端技術・ディープテクノロジーにおける技術調査や技術評価・ベンチャー探索、新規事業の戦略策定支援を専門とする。数多くの欧・米・イスラエル・中国のベンチャー技術調査経験があり、シリコンバレー駐在拠点の支援や企画や新規事業部門の支援多数。企業内でのオープンイノベーション講演会は数十回にも渡り実施。

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