成層圏からモバイル端末をつなぐ「HAPS」ソフトバンクとドコモの事例を中心に考察
High Altitude Platform Station(HAPS)は増え続ける電波需要を背景に、国内の大手通信会社が中心となって開発が進められてきた。上空で電波を中継するHAPSは地上基地局や通信衛星にはないメリットを有する。
本稿ではHAPSの用途や導入目的、開発企業について紹介する。
HAPSとは?成層圏を飛ぶ基地局
HAPSは、高高度で長時間、飛行する無線基地局を指す。2019年にソフトバンクからHAPSのコンセプトが発表され、注目を集めるようになった。
旅客航空機が高度10km以下を、低軌道の衛星が高度400kmより上をそれぞれ航行しているが、HAPSはその中間である高度20km(成層圏)での飛行を想定するものだ。
メリットと想定される用途
現在、遠距離無線通信を行う手段は大きく分けて2つ存在する。1つは地上の無線基地局を経由する方法、もう1つは通信衛星を経由する方法だ。それぞれの方法で欠点が存在し、すみ分けがなされている。
地上の基地局を経由する場合、地形などの障害物に電波が遮られ、一定以上の距離があると通信ができない。そのため、多くの基地局が必要となる。離島や山岳地帯では基地局の設置自体が困難だ。
対して、衛星を経由する通信は広大な範囲をカバーでき、海上などでも利用できる。ただし、通信衛星からの電波を利用したい事業者は多く存在するため、通信コストが高い。また、電波の伝送速度の物理的限界から伝送遅延が生じる。
HAPSはこれら欠点を打ち消しつつ、双方の「いいとこ取り」ができるものとなる。1台で地上の基地局より広い範囲をカバーでき、通信衛星ほどの伝送遅延はない。通信衛星は一度打ち上げた後にメンテナンスができないが、HAPSの場合は故障時に速やかに呼び戻し、修理できる。
より具体的な用途として、ソフトバンクは以下を挙げた。
- 山岳部や離島、発展途上国など、通信ネットワークが整っていない場所や地域に、安定したインターネット接続環境を構築すること
- 現状の通信ネットワークと相互連携させることで、ドローンなどへの活用、IoTや5Gの普及に役立てること
- 大規模な自然災害発生時における救助や復旧活動への貢献
ソフトバンクのHAPS|任意の方向に電波を照射できるアンテナを開発
ソフトバンクは自社サイト内で開発中の機体の性能やユースケースを紹介している。
それによると、開発中の無人航空機「Sunglider」は翼長78mのプロペラ機で、無線基地局としての機能を有する通信機器、動力源となるモーターの他、太陽光発電パネルやリチウムイオンバッテリーを搭載する。
2020年9月21日、初のテストフライトでは成層圏で5時間38分に渡り滞空し、LTE通信に成功したという。実際の運用にあたっては、数カ月に渡り滞空し続けられるよう設計されている。
巡航速度は110km/hで、一定範囲内を旋回することで、直径200kmもの通信エリアを1機でカバーできるという。直径200kmあれば、四国のほぼ全土をカバーできることになる。
HAPSは自身が移動・旋回しながら通信を中継するため、電波を照射する向きが変化し、通信品質が不安定になるという課題があった。Sungliderではこの課題を解消するため、任意の方向に電波を照射できるアンテナを取り付けている。2022年には北海道で本アンテナの実証試験を行い、高度249メートルから安定した電波を供給できることを示した。
ソフトバンクが公開している実証実験の模様
2023年のソフトバンクの技術展では、HAPSの国内実用化は2027年ごろになる、と担当者が述べている。2024年4月には HAPSに関する新たな取り組みも発表された。HAPSを通信衛星や他の HAPSと接続してメッシュ状の通信ネットワークを構築すれば、より頑強で便利な通信サービスを提供できるが、ここでは周波数帯域の不足が問題となる。そこで電波と異なり、周波数帯域の割り当ての制約を受けずに超高速通信が可能な光無線通信が検討されている。
ただし、光無線通信は天候の影響を受けやすく、レーザーの精緻な操作が求められるため、技術的難易度も高い。ソフトバンクは光無線通信技術を持つ国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)と共同で開発を進め、2026年に低軌道衛星との光無線通信実証実験を行うとした。
NTTドコモのHAPS|Airbusと提携へ
2023年12月、NTTドコモ、日本電信電話(NTT)、スカパーJSAT、Space Compass(NTTとスカパーJSATの合弁会社、2022年設立)の4社が HAPS事業の実用化に向けて研究開発を始めたことを発表した。
2024年6月には、ドコモなどがAirbus、AALTO(Airbus子会社の HAPS事業者)と資本業務提携に合意した。日本側のコンソーシアムがAALTOへ最大$100m(約147億円)を出資する。AALTOが製造および運用するHAPS「Zephyr」は、2022年に無人航空機として世界最長となる64日間の滞空飛行を実現するなど、高度な航空技術を有する。
本稿のアイキャッチ(トップ画像)は、本提携が締結された際、Space Compassが発信したZephyrの画像だ。
過去にもあった成層圏プラットフォーム構想|日本政府とGoogleの事例
ソフトバンクやドコモの発表によって注目を集めるようになった HAPSだが、過去にも同様のコンセプトで事業化を目指す動きは存在した。
国内では1998年から環境観測拠点やインフラ構築を目的とし、当時の科学技術庁(現文部科学省)と郵政省(現総務省)の連携施策として研究開発が行われている。
1999年には産学官の連携と重点的な予算配分によって技術革新を行う「ミレニアムプロジェクト」に選定され、JAXA及びNICTにより、2種類の試験機が開発された。試験機はいずれもフレームを持たず船体内ヘリウムガスの内圧だけで形状を維持する軟式飛行船だ。
2003年には全長47mの成層圏滞空試験機が高度16kmまで上昇し、大気成分などのデータを収集した。2004年には全長67mの定点滞空試験機が上空4kmで定点滞空を実施し、地上との通信試験を成功させ、ミレニアムプロジェクトは翌年に終了した。
一方で、同時期に地上通信網の整備が進み、飛行船を無線中継基地に活用する可能性は低い、と判断されている。
Googleの関連企業でも Project Loonと呼ばれる移動通信システムが計画されていた。本計画に関して、2013年から気球を用いた数多くの実証試験とデータ収集が行われたが、2021年には事業終了が発表されている。事業継続が困難になった理由としては、インターネット環境が改善し、商業的な環境が当初から大きく変わったことを挙げた。
また、ここで得られた成層圏プラットフォームに関する知見はソフトバンクへと引き継がれている。
通信業界の期待を背負うHAPS
ソフトバンクは2019年よりHAPSの開発を明らかにしているが、その事業を担っていた子会社のHAPSモバイルは2023年、ソフトバンクに吸収されている。HAPSの動向に注目していた人にとっては、このとき、計画の行き詰まりを想像したかもしれない。
しかし2024年に入り、ドコモとAirbusの提携が発表されたことで、現在も通信業界はHAPSに期待していることが分かった。今後も引き続き、HAPSの進展に注目していきたい。
参考文献:
※1:ソフトバンク、成層圏から通信ネットワークを提供する航空機を開発, ソフトバンク(リンク)
※2:成層圏通信プラットフォーム「HAPS」, ソフトバンク(リンク)
※3:空から届ける通信サービスの実用化へ一歩前進。係留気球基地局による実証実験に成功, ソフトバンクニュース(リンク)
※4:空飛ぶ基地局「HAPS」、2027年の実用化へ, EE Times Japan(リンク)
※5:成層圏通信プラットフォーム「HAPS」、世界初の光無線通信など商用化に向けた研究を加速, ソフトバンクニュース(リンク)
※6:HAPS を介した携帯端末向け直接通信システムの早期実用化に向けた開発の加速と実用化後の利用拡大を見据えた高速大容量化技術の研究開発を開始, NTTドコモ(リンク)
※7:NTTドコモ、Space CompassがAALTO、エアバスと資本業務提携、AALTOに最大1億ドルを出資, NTTドコモ(リンク)
※8:成層圏プラットフォームの研究開発, 『平成12年版 通信白書』, 郵政省(リンク)
※9:成層圏プラットフォーム研究開発の概要について, 成層圏プラットフォーム研究開発に関する懇談会事務局(リンク)
※10:Loon, X(リンク)
※11:グーグルが追いかけた“気球インターネット”の夢は終われど、それは決して「失敗」とは呼ばれない, WIRED(リンク)
※12:ソフトバンク、Alphabetの子会社「Loon」から成層圏通信プラットフォーム(HAPS)の特許約200件を取得, ソフトバンク(リンク)
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