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NeuralinkとBMI。どのような技術か?競合の動向は?

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脳と機械とをつなぎ、義肢の操作や神経疾患の治療が可能となる技術にBrain-Machine Interface(BMI)がある。イーロン・マスク氏がBMI関連のスタートアップ、Neuralinkを立ち上げプロダクトを発表したことで、一般への認知も広がり始めた。

本稿では、そのNeuralink、技術としてのBMI とともに、関連するスタートアップを取り上げる。

Brain-Machine Interfaceとは?将来的には人体機能を拡張する可能性

まず、BMIという技術を俯瞰的に見てみたい。

人間が手を動かしたり、食事をしたり、会話したり、考え事をしたりする際、脳からは対応した電気信号が発せられる。たとえ腕を欠損してしまった人も、腕を動かそうとすれば信号は同様に発せられる。

脳から発せられる信号を適切に読み取ることができれば、その信号を変換して腕に装着した義肢を動かすこともできる。こうしたケースで脳と機械のコミュニケーションを仲介する役割を担うのが、BMIだ。

BMIの特徴は「相互作用」を可能にする点であり、脳から機械への信号伝達だけでなく、機械から脳へ信号を伝達する技術の研究も進められてきた。米国防総省国防高等研究計画局(Darpa)は1970年代からBMI研究を進めている。

2017年(日本語版である『ひとの気持ちが聴こえたら―私のアスペルガー治療記―』は2019年初版)には、Darpaのプロジェクトによってアスペルガー症候群を治療した患者の体験談が書籍化され、話題となった。機械からの磁気的刺激によって患者のディスアドバンテージが克服される様子は、SF小説の名著『アルジャーノンに花束を」を思い出す人もいるかもしれない。

また、BMIで可能になるのは、失った身体機能の補填や治療だけではない。Darpaでは人体機能の拡張、アップグレードについても研究されてきた。将来的には、脳波による直観的なドローン操作や機械からの情報を脳に提供することを目指す。

Darpaという機関の存在意義を考えれば当然のことながら、これらは軍事技術として転用され得る。恐怖を感じない歩兵、集中力の途切れないスナイパーを特別な訓練無しに量産するという計画は最早SF小説の中だけの話ではない。

インターネットとスマホの普及によって人とネットが接続され、私たちの生活は大きく変化した。同じように脳と機械が接続されれば、生活のみならず、アイデンティティや社会規範も大きく変化することになるだろう。

もちろん、技術的な開発とともに倫理的な枠組みづくりも必要になってくる。

作用方式

BMIの方式は、磁場、電極、近赤外光の3種類が存在する。

磁場方式は、脳内の電気的信号によって生じる磁場を計測したり、脳を磁気で刺激し活性を制御したりする。BMIとしては最もポピュラーな方式だ。非侵襲的で、脳への作用も可能な方式だが、他の方式に比べれば測定精度は低く、大まかな操作しかできない。

精度面で最も優れるのは刺入針電極方式だが、こちらは脳に電極を刺して電気信号を直接読み取るもので、侵襲的だ。安全面での課題もある。

脳の電気信号を読み取る方式としては、脳表面に皿状電極を留置する方式もあり、こちらは脳自体へ侵襲が少ないため、長期間の安定性に優れる。頭皮に電極を張り付けるだけのタイプもあるが、脳からの距離が開くほどに測定・操作精度は低下する。

また、近赤外光を使って脳の活動を計測する方式も存在する。こちらは以上の2方式と違い、脳の電気信号を計測しているわけではなく、血中のヘモグロビンの状態を観測するものだ。測定対象が磁気方式や電極方式と異なるため、単純な精度の比較は難しい。非侵襲、かつ比較的安価に実現できるが、用途は信号の読み取りに限られる。

代表的なBMIスタートアップ、Neuralink|1000以上の電極を脳に設置

本稿でもう一つのテーマとなるスタートアップ、NeuralinkはTeslaなどでCEOを務めるElon Musk氏が、2016年に創業、設立したスタートアップだ。

Neuralink製の外科用ロボットはミシンのような構造で、糸状の電極を素早く脳に縫い付ける。これによって1000以上のチャネルから脳電流が測定可能だ。電極チャネル数としては他社のアプリケーションを圧倒している。

Neuralinkのロボット

Neuralink
 設立年:2016年
 拠点国:米国
 最新資金調達フェーズ:シリーズD
 資金調達総額:$686m(約1077億円)

実用化に向けた進捗

Neuralinkが脳インプラントを人間の患者に初めて施術したのは2024年1月。この事実はマスク氏によるTwitter投稿で明らかになった。

2025年1月14日には3人目の患者への移植に成功したと語っているが、詳細については明らかになっていない。過去に移植した2人については、ビデオゲームのプレイ、デザインソフトを使って3Dオブジェクトを製作することができるようになった、とのことだ。

また、Neuralinkは今年中に20〜30人への移植を実施したいと述べた。

批判

一方、同社の技術やデモンストレーションについては多くの批判もある。例えば以下のようなものだ。

  • 脳内で10年以上腐食しないワイヤーが実現できておらず、長期間の使用に耐えるものではない
  • 麻痺、失聴、失明、その他の障害を治療できるという証拠を何一つ示していない
  • 動物実験に用いられるサルやブタへの虐待が存在する

このように同社のアプローチでは、特に安全面や長期安定性に関する課題が多く指摘されてきた。

関連スタートアップ|米日欧3社

ここからは、Neuralink以外の事例も見ながら最新の動向を紹介していく。先述したDarpaのような公的機関でも活発に研究されている分野だが、ここでは大学や研究機関による基礎研究は取り上げず、より身近なアプリケーション開発を進めるスタートアップに対象を絞った。

Kernel

Kernelは赤外光を用いた非侵襲な脳計測機器の開発を行ってきた。同社については過去にfNIRSの記事でも取り扱ったので、そちらも参照して頂きたい。

参考記事:fNIRS・機能的近赤外分光法がひらく、脳と医療の将来。開発する3社のデバイス、社会貢献事例も紹介

2023年7月には新たなプロダクトとしてFlow 2を発表した。Flow 1と比較してチャネル数が約2倍となり、さらに高い感度とダイナミックレンジを実現しながら、消費電力を抑えている。

Kernelはさまざまな機関と共同研究を行い、精神活性物質(ケタミンやアルコール)が脳機能に与える影響を調べ、また、うつ症状特有のバイオマーカー検出を目指す研究を実施してきた。

2020年7月にはシリーズCラウンドで$53m(約570億円)の資金を調達している。

Lifescapes

Lifescapesは2018年に設立された慶應義塾大学発のスタートアップ。脳卒中後の手指麻痺改善のための医療機器を開発している。

非侵襲で使いやすい装着型デバイスによって、頭皮上で取得した脳波を電気信号に変え、手指伸展のアシストと神経電気信号によるフィードバックを行う。AIを活用した個別最適化によって、患者一人一人に合わせたトレーニングの設定が可能だ。

LifespacesのBMI(同社プレスリリースより)2022年6月には第三者割当増資により7億2000万円の資金を調達、この資金調達によって累計調達金額は9億6000万円となった。

2024年3月には医薬品医療機器総合機構(PMDA)と調整の上、日本における医療機器認証を取得。同年4月には厚生労働省に保険適用を申請した。リハビリテーション分野におけるBMI活用拡大を目指す。

Paradromics

Paradromicsは、ALS、脊髄損傷、脳卒中などによって正常な機能が失われた患者の視覚や発声器官の代替となるツール開発を行ってきた。BMIプロダクト(同社はブレイン・コンピューター・インターフェース、BCIとしている)は、刺入針電極方式の埋め込み型デバイスを想定している。

ParadmicsのBMI/BCIのイメージ図(同社プレスリリースより)

創業者のMatt Angle氏は日本の特許庁が運営する知財ポータルサイト「IP Base」のインタビューにて、Paradromicsの目指す方向性を語った。いわく、同社のテクノロジーが他社BMIと一線を画すのは、高速かつ広帯域でのデータ送受信が可能な点だという。

Paradromicsが開発した最初のシステムで1600以上の電極を実現したが、視覚を再現するためにはまだまだ足りないと考え、小型化や帯域幅の改善を進めている。1度埋め込めば、10年以上使用できる耐久性の高い装置開発を目指す。

2023年5月にはシリーズAラウンドで$33m(約45億円)の資金を調達。同時に、米食品医薬品局(FDA)から「画期的医療機器指定」の認定を受けたことで、実用化に向けた今後の審査がスムーズに進められることとなる。

Bitbrain

BitbrainはEEGによる脳波計測器を開発している。EEGはElectro Encephalo Graphyの略で、脳波検査のこと。てんかんなどの診断で使われる機器を、BMIとしてアップデートしている。

2018年には日産自動車やスイス連邦工科大学との共同プロジェクトとして、自動車ドライバーの安全性向上アプリケーションを発表した。

脳はアクセルやブレーキを踏む1秒前にその動きをするための信号を発しており、これを事前に計測することで、数秒後の車の動きを事前に予測することができる。事故が起きそうな場合には一早くその事実をドライバーに伝え、また、自動車に制動を掛けることで事故を未然に防ぐことが可能になるという。 

開発企業に求められる説明責任

現状の技術では、侵襲的なBMIでないと正確性が担保できない点が課題だ。その上で、人体への悪影響が懸念される以上、Neuralinkを含め開発者側には丁寧な説明が求められるだろう。

もちろん、こうした課題がクリアになっていけば、障害を持つ人などにとってサポート役になる技術である。



参考文献:
※1:『ひとの気持ちが聴こえたら―私のアスペルガー治療記―』John Elder Robison, 高橋知子訳, 早川書房(リンク
※2:広がる軍事利用 「BMI」の行方は…, NHK(リンク
※3:体内埋込型ブレイン・マシン・インターフェース, 平田雅之, 『神経治療』33巻3号(2016)(リンク
※4:Neuralink(リンク
※5:Elon Musk says a third patient got a Neuralink brain implant. The work is part of a booming field, The Economic Times(リンク
※6:Elon Musk’s Neuralink is neuroscience theater, Antonio Regalado, MIT Technology Review(リンク、ウェイバックマシン)
※7:Why Is Elon Musk Testing His Brain Implant on Pigs?, Courtney Linder, Popular Mechanics(リンク
※8:Kernel (リンク
※9:Kernel raises $53 million for its non-invasive ‘Neuroscience as a Service’ technology, Darrell Etherington, TechCrunch(リンク
※10:Lifescapes(リンク
※11:慶應義塾大学発スタートアップである株式会社LIFESCAPESが開発した「LIFESCAPES 医療用BMI(手指タイプ)」が、日本における医療機器認証を取得、厚生労働省に保険適用を申請しました, 慶應スタートアップ(リンク
※12:Paradromics (リンク
※13:Paradromics 創業者兼CEO マット・アングル氏インタビュー 革新的治療を実現、ブレインマシンインターフェースが開拓する医療の未来(リンク
※14:Paradromics Raises $33 Million in Funding, Achieves Breakthrough Medical Device Designation from FDA, PR Newswire (プレスリリース)(リンク
※15:Bitbrain(リンク



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  • 記事・コンテンツ監修
    小林 大三

    アドバンスドテクノロジーX株式会社 代表取締役

    野村総合研究所で大手製造業向けの戦略コンサルティングに携わった後、技術マッチングベンチャーのLinkersでの事業開発やマネジメントに従事。オープンイノベーション研究所を立ち上げ、製造業の先端技術・ディープテクノロジーにおける技術調査や技術評価・ベンチャー探索、新規事業の戦略策定支援を専門とする。数多くの欧・米・イスラエル・中国のベンチャー技術調査経験があり、シリコンバレー駐在拠点の支援や企画や新規事業部門の支援多数。企業内でのオープンイノベーション講演会は数十回にも渡り実施。

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