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Prolific Machinesが解決しようとしている課題とは?食と医療で寄せられる期待

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光によって細胞を制御する技術を開発した Prolific Machinesは、創薬や培養肉分野においてコスト低減の面で期待が集まる。本稿では、Prolificの技術について詳細に見ていきたい。

  • Prolific Machines
  • 設立年:2020年
  • 拠点国:米国
  • 資金調達フェーズ:シリーズB
  • 資金調達総額:$97m(約150億円)
  • 主な投資家:Breakthrough Energy Ventures、Ki Tua Fundなど

Prolific Machinesとは?2020年創業ながら短期間で資金調達に続々成功

細胞は特定の機能を持った別種の細胞への不可逆的な変化(分化)や細胞分裂を繰り返しながら人体の機能を維持している。

近年のバイオテクノロジー分野においてはコンピューター科学の導入によって遺伝子解析が進み、何が細胞分裂や分化のトリガーとなるのかが明らかになってきた。これによって、所望の機能を有する細胞や多数の細胞からなる組織を自在に作り出せるようになり、生物由来のさまざまなプロダクトが開発されている。

ただし、細胞を用いた製品の開発には専用の製造設備や品質管理体制を整える必要があることから、価格はなかなか下がらない。分化のトリガーとなるタンパク質(成長因子)など、原材料が高額なことも価格を押し上げる要因となっている。

こうした現状に対しProlificは、抗体医薬や培養肉などのバイオ製品開発において、生産性向上やコスト低減の可能性を示し、注目を集めている。

同社が提案するのは光を用いた細胞培養の制御技術だ。Prolificによれば、外部から成長因子を追加することなく、光によって細胞の増殖・維持・分化や、タンパク質産生(遺伝子発現)などの機能を制御できるという。

当該プロセスは高価な成長因子が不要となるため非常に安価で、また光という自然に存在するものを利用するため安全性も確保できているとProlific Machinesは訴求する。さらに、光は時間的、空間的に高い分解能を有し、光を当てていない細胞に影響を与えず、正確で再現性の高い制御が可能だ。

成長因子は同じサプライヤーから同じカタログ番号の製品を購入してきたとしても、1か月前または 1年前に購入したものと(分子構造や歩留まり、不純物濃度に関して)同一ではない。対して、光は非常に純粋であり、1000年後であっても 450nmの波長の光は今あるものと同一だ。

資金調達

Prolificは Deniz Kent CEO、Max Huisman CTO、Declan Jones CDOの3人によって、2020年に設立。

2022年9月には、シードラウンドとシリーズAラウンドで予想を大幅に超えて $42m(約60億円)の資金調達に成功し、ステルスモードから脱したと同社が発表した。ステルスモードとは、シリコンバレーの言葉で「社会から自社の存在が認知されないこと」、あるいは、自発的にその状態とすることを指す。同ラウンドは Bill Gatesらが創設した Breakthrough Energy Venturesが主導した。

また、ニュージーランドの酪農協同組合 であるFonterra Co-operative Groupのコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)、Ki Tua Fundが主導した2024年6月のシリーズB1ラウンドでは $55m(約86億円)を調達した。

これらのラウンドでは、特に環境負荷低減や食糧問題の解決に高い関心を持つ投資家から注目を集めていると伺える。

Fonterraはニュージーランド発祥で乳製品などの製造・販売を行う。同国エデンデールにあるFonterraの工場(Fonterraメディアリソースより)

Optogenetic processes in Prolific Machines|光遺伝学的に見たProlific

ここからは、Prolific Machinesによる光遺伝学的(Optgenetics)細胞制御技術について詳しく見ていく。

一般に、細胞の増殖や分化は特定のタンパク質が発現することがトリガーとなるが、遺伝子の発現は細胞表面のシグナル伝達タンパク質がペアになることで生じる場合が多い。成長因子は、特定のシグナル伝達タンパク質同士がペアになることを促進する役割を持つため、細胞の成長方向を決定付ける要素として広く用いられてきた。

対して、Prolific Machinesは成長因子を光活性化タンパク質に置き換えた。

光活性化タンパク質は光を照射する(または光照射をやめる)ことで二量体を形成する、つまり、ペアを作り出す。これによって、光活性化タンパク質に結合したシグナル伝達タンパク質もペアを形成し、発現させることが可能だ。

では、光活性化タンパク質はどのように導入するのか。

同社の特許を見ると、実例として、「シグナル伝達受容体タンパク質に融合した光活性化ドメインを含む融合タンパク質を発現するように改変された幹細胞」が用いられていることが分かる。予め細胞に遺伝子組み換えを施しているようだ。

また別の特許では、一例として、「光制御可能なドメインに融合されたリコンビナーゼ(遺伝子組み換えに用いられる酵素)」が用いられている。リコンビナーゼは特定の配列で挟まれたDNAを切り取り、遺伝子配列を組み替えることが可能だ。光照射(または光照射をやめること)によってリコンビナーゼが活性化されると、遺伝子配列が組み替えられ、特定のタンパク質が発現する。

どちらの形態にも共通していることは、バイオリアクター内に材料を投入した後、幹細胞の増殖・維持・分化や特定のタンパク質を発現させるプロセスにおいて、外部から何らかの機能性分子を投入する必要がなく、光を照射するだけで良い、という点だ。

技術の応用が期待される分野|食、そして医療の課題解決を前進させる

続いて、Prolific Machinesが自社技術を応用しようとしている分野について、取り上げる。

培養肉

培養肉はますますの市場拡大が予測されている(培養肉の市場レポートを発表したResearch and Marketsのプレスリリースより)

ProlificのKent CEOは、前述のシリーズAの完了時、次のような主旨のコメントをしていた。

「培養肉に導入されている既存の技術では、畜産と同等の価格にはならず、根本的に新しいアプローチが必要だ」

Prolificは、従来的な培養肉生産プロセスに早々に見切りをつけた。同時に、現実的な(現在の食肉と同様の)価格帯を実現できるプロセスの開発へ舵を切ることを提案したのだ。フォードはベルトコンベアや分業制を導入して価格低減を図ったが、Prolificは光活性化タンパク質を用いて細胞培養におけるフォードとなることを目指す。つまり、培養肉を工業的なライン上で作っていくということである。

また、これまでの培養肉生産においては実際の食肉と同じような食感を生み出すことに苦労していた。シート状の筋細胞と脂肪細胞を別々に培養して積み重ねるといった方法が採られてきたが、こうしたプロセスには繊細に力加減を制御できるロボットアームが必要で、追加のコストを要する。

対して、Prolificの光制御技術であれば、光の当てる場所、光強度、波長、時間的パターンを制御することで、バイオリアクター内の細胞の成長を任意に制御できることが分かっている。これは食感向上に苦慮する培養肉分野に新たな可能性を指し示すものだ。

抗体医薬

モノクローナル抗体(monoclonal antibody)はバイオテクノロジーが生み出した治療薬の1つであり、がんやウイルス性の難病など、さまざまな疾患に高い効果を有する。

抗体とは、特定の病原体(抗原)に特異的に吸着し、好中球やマクロファージなどから攻撃されやすくすることで、病原体を体内から除去する役割を担うタンパク質だ。モノクローナル抗体は単一のB細胞のクローンから作られ、人体が元から持つ免疫機能を利用して、副作用の少ない治療を実現できる。抗体医薬はマウスに病原菌などの異物を注入し、抗体を作り出すB細胞を産生させてこれを取り出し、当該B細胞の増殖力を増すなどの操作を加えて作られるものだ。

ただし、モノクローナル抗体はその生産コストに課題が残る。生産性を高めるためにさまざまな工夫が施されてきたが、そもそもの原材料が高い上、マウスの生育環境、培養培地や品質管理体制を整える必要ある。

Prolific設立のモチベーションは特にこの分野にあったようで、抗体医薬の価格を下げられれば、中低所得国における医療の質を向上させられると考えた。

幹細胞をスタート地点とするProlificのプロセスは現在主流となっているモノクローナル抗体の生産方法とは異なるものであり、実現すれば大幅な価格低減に繋がる。

国際的課題解決への期待が表れている資金調達

これまでもATXで何度か取り上げてきたように、2050年ごろには全世界のタンパク質の需要が供給を上回る「プロテインクライシス」が起きると考えられている。また、医療の国家間格差が埋まっていない問題も、国際機関やメディアが取り上げる機会も少なくない。

Prolificの技術は、こうした国際的な課題を小さく、なくすためのものとして、期待される。短期間で複数回の資金調達が成功している点も、その証左といえよう。



参考文献:
※1:Prolific Machines(リンク
※2:Prolific Machines Raises $42M From Top Planetary Health Investors to Build the Assembly Line for Biology, Business Wire(プレスリリース)(リンク
※3:Optogenetics startup Prolific Machines raises $55m series B1, uses light to ‘control virtually any cell function in any cell type’, Elaine Watson, AgFunderNews(リンク
※4:US20240228970 - METHODS AND SYSTEMS FOR THE SCALABLE GROWTH AND MAINTENANCE OF STEM CELLS USING OPTOGENETICS IN SUSPENSION, 世界知的所有権機関(リンク
※5:WO2023235815 - METHODS AND SYSTEMS FOR DIFFERENTIATION OF CELLS USING OPTOGENETICS, 世界知的所有権機関(リンク
※6:モノクローナル抗体とは?, 中外製薬(リンク
※7:詳しく解説 先端医療の用語集, 神戸医療産業都市(リンク



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  • 記事・コンテンツ監修
    小林 大三

    アドバンスドテクノロジーX株式会社 代表取締役

    野村総合研究所で大手製造業向けの戦略コンサルティングに携わった後、技術マッチングベンチャーのLinkersでの事業開発やマネジメントに従事。オープンイノベーション研究所を立ち上げ、製造業の先端技術・ディープテクノロジーにおける技術調査や技術評価・ベンチャー探索、新規事業の戦略策定支援を専門とする。数多くの欧・米・イスラエル・中国のベンチャー技術調査経験があり、シリコンバレー駐在拠点の支援や企画や新規事業部門の支援多数。企業内でのオープンイノベーション講演会は数十回にも渡り実施。

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