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「空気から水を得る」技術|具体的方法と海外の事例

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発展途上国における国民生活で、食糧不足がメディアなどに取り上げられる機会がよく見られる。

それと同様に、早急な対策が求められるのが、「水」の確保だ。そもそも水源がない、水は得られるが貯水や送水、浄化といったインフラが存在しない地域が、世界には存在する。

本稿では、空気から水を得る技術を中心に、この課題解決について取り上げる。

健康、生産活動、教育、そして紛争……水資源の不足が引き起こす問題

まず、世界が抱える水の問題について取り上げる。

非営利団体(NPO)のWater.orgが各種統計を基にまとめた情報によると、世界で安全な水にアクセスできない人の数は22億人に上る。現在の世界人口は80億人なので、4人に1人がこれに該当する計算だ。さらに、35億人が安全なトイレにアクセスできていない。

こうした事実からまず問題となるのは、やはり人々の健康面だ。安全な水、衛生設備を利用できないことに起因する死者は、毎年100万人を超える。さらに、発展途上国で水を集める仕事は女性や子どもの役割となるケースが目立ち、必要な仕事や教育を受けることが困難となってしまう。こうした事実は最終的に、貧困からの脱出も困難にしてしまうだろう。

個人から社会に視点を移すと、安全な水の不足は農業をはじめとした生産活動にも悪影響を及ぼす。そればかりでなく、米戦略国際問題研究所(CSIS)のNatasha Hallシニアフェローは、中東諸国で水資源による紛争の火種があると指摘。「水による戦争は起こらない」という言説に対する反論を行っている。

社会環境の中で現実的に水をつくり出すための3つの方法

こうした問題を前に、テクノロジーによって水資源の乏しい場所に水を供給するという方法が検討されている。

その前に、技術的に水をつくり出すにはどのような方法があるかを確認する。ここでは、現実的に産業や生活に使える水をつくる方法として3つを取り上げる。

1.化学反応による水の生成

化学反応による水のつくり方として代表的なのが、水素と酸素を反応させる方法だ。

2H2 + O2 → 2H2O

小学校の理科の実験で、水上置換によって酸素をつくった(二酸化マンガンを反応させるもの)記憶がある読者もいるのではないだろうか。つくられるのは酸素なので、上記の化学式とはもちろん異なるものだ。

しかし、ここで記したような化学式を入れ替えるなどして酸素をつくったり水をつくったりできるとは、大雑把にいえるだろう。

そして小学校での水上置換の実験では、線香などを近づけそれが激しく燃えることで、酸素ができたと確認した記憶もあるのではないか。水素と酸素の化学反応で水をつくる場合も、それと類似した側面があり、またデメリットになり得る。つまり、爆発の危険があるため、安全性を確保しなければならないということだ。

一方、水酸化ナトリウムと塩化水素を反応させてつくる方法もある。化学式にすると、以下の通りだ。

NaOH + HCl → NaCl + H2O

理論的にはH2Oができるものの、現実的に考えると、この方法でつくった水は浄化や精製が必要になる点がデメリットになる。

2.空気の凝縮

気体を冷やして液体にすることを、凝縮という。空気を凝縮すると、水が発生する。

どれだけ乾燥した地域でも、空気中に水分がまったく存在しない状態にはならない。人為的な場合は別だが、自然の状態の中では地球上のどの場所でも空気を凝縮すれば水が得られるということだ。

この方法により水を生成する技術は2017年頃より開発されており、代表的なものにマサチューセッツ工科大学(MIT)が発表した水を吸着する材料「MOF-801」がある。

また、空気の凝縮に準ずる、似た方法として、後述する霧から水を採取する方法もある。

本稿で取り上げる水生成の実例は、この方式となる。

3.鉱物からの水採取

表面を見たり触ったりしても乾燥しているとしか感じない鉱物だが、内部で水を吸着している場合がある。こうした代表的な鉱物がゼオライトで、加熱すると水を得られる。

地球以外でも、月の鉱物には水が含まれているケースが確認されており、火星の鉱物も同様であると考えられている。そのため、将来的に探査する際、必要となる水を鉱物から採取する方法が検討されている。

火星(pixabay)

実際の取り組み5例|アカデミズムの他、途上国を支援する企業の事例も

水資源の乏しい場所で水を確保する近年の技術は、「霧から水分を採取する方法」と「空気から水を得る方法」に大別できる。これら2つに分けて取り上げる。

霧から水分を採取する方法

カリフォルニア大学バークレー校のThomas Schutzius准教授らは、ナノサイズのスチールメッシュにより、霧から飲用可能な水を生成する技術を開発している。

ここまでも少し触れたが、何らかの方法により水をつくり出しても、現実的にはそれを浄化しなければ利用できない。大気汚染が進む都市部の空気ならば、なおさらだ。発展途上国の中にも、都市化が進みつつ水の確保に苦労する場所があるだろう。

Schutzius氏らは以前より光触媒活性金属酸化物ナノ粒子などをメッシュにコーティングし、水分中の汚染物質を無害化する技術を開発していた。しかし、この技術では常時、メッシュに紫外線を照射していなければ無害化ができず、かつては紫外線ランプを利用していたという。

そこで、太陽光のみで無害化の反応が得られるよう、コーティングを最適化。太陽が雲に隠れたり降雨になったりしても無害化できたとの研究結果を2023年に発表している。

これに近い方法を採るのが、ミュンヘン再保険財団だ。同財団は文字通り、再保険大手のミュンヘン再保険が2005年に設立。ボリビア、モロッコ、タンザニアに霧から水を採取するネットを設置し、水を確保している。なお、浄化の方法には触れておらず、別途、装置を利用していることも考えられる。

空気から水を得る方法

前述のように、単純に空気から水を得るためには凝縮が手段となる。

どういった方法で凝縮するかは、研究者や企業によって異なる。まずは学術的な研究から見てみたい。

ユタ大学のSameer Rao准教授は、金属有機構造体による吸湿性素材を開発。この素材の優れた点は、水吸着の効率性の良さだと訴求する。Rao氏によると、1グラムでサッカー条2面分の表面積の水を得られるという。

本研究は、米陸軍DEVCOM Soldier Centerから研究資金が提供されており、将来的に兵士に素材を持たせ遠隔地でも手軽に水を得られることを目指す。

ユタ大学と近い発想で、水の殺菌処理まで行おうとしているのが韓国機械研究院(KIMM)の研究だ。従来から熱電モジュールで空気を凝縮し水をつくるという方法が構想されていた。KIMMはこれを発展させ、熱電モジュールの発熱面を吸湿板としても利用できる仕様にしている。通常は吸湿し、加熱時は吸湿版の水分を凝縮板に移動させることで、水分採集の効率が増したという。

このデバイスも、防衛用途での利用をユースケースの一つとしており、またユーザーが手軽に持ち運べることを目指している点もユタ大学と通ずる。もっとも、約3キログラムの重さなので防衛装備としては少し取り回しが難しそうだが、商用化を検討する段階に入ったとのことで、さらなる機能向上が期待される。

企業が空気から水をつくる事例もある。

カナダのRainmaker Worldwideは、熱交換器で空気を凝縮し、水を生成。熱交換器の電源は風力や太陽光など再生可能エネルギーを採用し、二酸化炭素(CO2)排出がなく設置場所も選ばない点をアピールする。2018年には、このユニットを降雨量の少ないスリランカに設置し、初の納入事例となった。

Rainmakerのユニットを解説する動画

Rainmakerは、米OTCQB(日本におけるかつての店頭市場に当たる)で株式公開している企業だ。

生成自体は可能、過酷地での運用可能なソリューション構築が課題

企業の例は1例のみだが、実際のところ、先進国レベルの家庭であれば手軽に水を生成できるデバイスは存在する。つまり、電源の不安などがない場所では簡単にできるということで、反対に途上国の支援、あるいは、ユタ大学やKIMMの研究のような過酷な場所での利用を想定すると事例が限られてしまう。

とはいえ、方法としては確立している側面もあり、効率化、省エネルギーといった部分で技術の発展が求められているといえよう。



参考文献:
 ※1:The Water Crisis, Water.org(リンク
 ※2:No Water Wars?, Natasha Hall, CSIS(リンク
 ※3:砂漠の空気が“水源”に、超多孔質材料と太陽光で実現へ, 野澤哲生, 日経クロステック(リンク
 ※4:Scientists develop parallel method for fog harvesting and water treatment, Marni Ellery, UC Berkeley Engineering(リンク
 ※5:Water - Fog nets, Munich Re Foundation(リンク
 ※6:Producing water out of thin air, Brian Maffly, @THEU(リンク

※7:Making water from air?” global water shortage, a solution in sight portable system that harvests water from air developed first development in Korea, EurekAlert(リンク
 ※8:Air-to-Water, Rainmaker(リンク
 ※9:Rainmaker Worldwide delivers its first Air-to-Water unit to Sri Lanka to assist with water crisis in drought prone country, GlobeNewswire(プレスリリース)(リンク



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  • 記事・コンテンツ監修
    小林 大三

    アドバンスドテクノロジーX株式会社 代表取締役

    野村総合研究所で大手製造業向けの戦略コンサルティングに携わった後、技術マッチングベンチャーのLinkersでの事業開発やマネジメントに従事。オープンイノベーション研究所を立ち上げ、製造業の先端技術・ディープテクノロジーにおける技術調査や技術評価・ベンチャー探索、新規事業の戦略策定支援を専門とする。数多くの欧・米・イスラエル・中国のベンチャー技術調査経験があり、シリコンバレー駐在拠点の支援や企画や新規事業部門の支援多数。企業内でのオープンイノベーション講演会は数十回にも渡り実施。

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