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日本製鉄によるU.S. Steel買収の背景にあるBig River Steelとは?最先端の電炉技術でグリーンスチールを実現

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米アーカンソー州で設立され、現在はUnited States Steel(U.S. Steel)の完全子会社となっているBig River Steel(BRS)というスタートアップがある。

BRSの強みは、データサイエンスの徹底活用、世界で唯一のLEED認証を受けた製鉄所の運営、そして従業員のモチベーションを高めるインセンティブ制度にある。日本製鉄によるU.S. Steel買収と併せて取り上げる。

日本製鉄のU.S. Steelの買収とBig River Steel(BRS)との関係

現在、日本製鉄は米鉄鋼大手U.S. Steelの買収を進めており、米政府の対米外国投資委員会(CFIUS)による審査を受けている段階だ。同社がU.S. Steelを買収する背景の一つに、電炉ミニミル技術を持つBRSの存在がある。

2019年、U.S. SteelはBRSの株式49.9%を$700m(1045億円)で取得。その後、同社は2021年に残りの株式50.1%を$774m(1156億円)で取得し、BRSを完全子会社化した。この買収は社会全体が持続可能性を探る中、環境にやさしい製鉄プロセスを実現するための一歩として注目された。特に、BRSが電炉技術を活用し、CO2排出を従来の鋼材より大幅に削減した低CO2鋼材(グリーンスチール)の提供を開始したことが、U.S. Steelにとって大きな魅力となった。

U.S.スチールの鉄鋼製品「verdeX」は、BRSによって生産されるグリーンスチールである。最大90%のリサイクルスチールが含まれており、verdeX自体も無限にリサイクル可能とうたっている。さらに、CO2排出量を従来の4分の1に抑えられる。

日本製鉄は、2050年までのカーボンニュートラルを目指しており、U.S. Steel買収にあたって公表した資料にもBRSの存在が「U.S. Steelの強み」として明記されている。

BRSの概要|米国の電炉ミニミルスタートアップ

BRSは、2014年に設立。「mini mill」(ミニミル)と呼ばれる電炉を使った製鉄技術を採用し、環境に優しい製鉄プロセスを実現している。電炉は鉄スクラップを再利用して鉄鋼を生産する技術であり、高炉に比べてCO2排出が少ない。

従来から存在する技術であるが、近年はサステナビリティの観点から注目を集めている。後述するように、BRSは電炉での鉄鋼生産をさらにブラッシュアップし、環境認証も受けた。

また、こちらも後述するようにBRSは自動車向け鋼板も開発しており、材料面での技術力も高い。

 

BRSの2つの強みとは?

BRSの強み、成功要因として、データサイエンスの徹底活用、LEED認証を受けた環境にやさしい製鉄所の2つが挙げられる。

1. データサイエンスの徹底活用

BRSが持つ最大の強みの1つは、製鉄プロセス全体にデータサイエンスとAIを徹底的に活用している点である。BRSは製鉄所にさまざまなデータを取得するためにセンサーを活用する。生産から設備の保守、物流に至るまでデータを独自に分析・収集。スーパーコンピューターで機器が故障する時期を予測する。

また、BRSは自らを「学習する製鉄所」と定義。米国のAIスタートアップであるNoodle.aiのプラットフォームが使用されている。

2. LEED認証を受けた環境にやさしい製鉄所

BRSの製鉄所は、世界で唯一のLEED(Leadership in Energy and Environmental Design)認証を取得した。LEEDは、建物や施設の環境性能を評価する国際的な認証だ。

BRSの製鉄所は、エネルギー消費を大幅に削減しCO2排出量を抑え、持続可能な生産体制を実現している。また、利用する電力も60%以上が非化石燃料源だ。

BRSの製鉄所の起工式(U.S. Steelメディアライブラリーより)

創業から短期間で事業拡大してきたBRS

BRSは、設立からわずか数年で大規模な操業規模の拡大を実現してきた。2017年に稼働開始した製鉄所の年間生産能力は160万トンであったが、2020年には大規模な設備拡張を行い330万トンまで引き上げた。U.S. Steelは2022FY(会計年度)でグローバルな鋼材出荷量が1360万トンだったので、実にその4分の1のキャパシティーを有する。

さらに、同社はアーカンソー州に新しい平鋼製造施設「Big River 2」を建設中である。2基の電炉と鋳造・圧延ラインが設けられ、年間生産能力は300万トン。2024年中に完成する予定だ。Big River 2の増設により、同社の年間生産能力はこれまでの約2倍の630万トンとなる。

拡大の背景には、BRSが採用する電炉技術の優位性と、持続可能な製造プロセスが評価されている点にある。U.S. SteelはBig River 2建設にあたって、アーカンソー州のグリーンボンドにより2020年に$290m(約434億円)、翌2023年に$240m(約359億円)、併せて$530m(約794億円)を調達した。

さらにBRSは高付加価値製品のラインナップ化も進めており、自動車産業向けの高強度鋼や無方向性電磁鋼板の開発に成功している。特に、電気自動車(EV)で使われる無方向性電磁鋼板は、日本製鉄やJFEスチールなど生産できるメーカーが限られる。BRSの電磁鋼板においては、トヨタ紡織のモーターコアに採用されている。

BRSの事業拡大は、単に物理的な規模の拡張に留まらず、技術的な革新や持続可能性への取り組みを通じて、鉄鋼業界全体に新たなスタンダードをもたらしている。この成長の波は、今後も業界全体に大きな影響を与えるだろう。

まとめ

BRSは、電炉技術を基盤にデータサイエンスやAIを活用することで、環境に配慮した持続可能な製鉄プロセスを実現しているスタートアップだ。その従来とは異なる製鉄プロセスは、LEED認証を受けた世界で唯一の施設であり、CO2排出量を抑えた製鉄技術を追求している点が大きな強みとなっている。

BRSは、U.S. Steelによる買収を経つつも規模を拡大し、業界内での存在感を強めている。サステナビリティを重視する市場のニーズに応える形で、今後も成長を続けるだろう。そして、日本製鉄によるU.S. Steel 買収もこうした評価が背景にある。

 


参考文献:
※1:日本製鉄、成長市場の米国強化 EV需要にらみ2兆円買収, 日本経済新聞(リンク
※2:U.S.Steelの買収について, 日本製鉄(リンク
※3:U.S. Steel To Acquire Remaining Stake In Big River Steel, Little Rock Public Radiol(リンク
※4:NEXT-GEN SUSTAINABLE STEEL THE FUTURE OF STEEL IS HERE., U.S. Steel(リンク
※5:Big River mill smartens up with AI technology, American Metal Market(リンク
※6:BRS and Noodle.ai, Big River Steel(リンク
※7:Big River Steel Becomes First Steel Production Process to Achieve LEED Certification, Big River Steel(リンク
※8:U. S. Steel Closes on $240 Million Financing to Support Big River 2, U.S. Steel(リンク
※9:FACT SHEET, Big River Steel(リンク
※10:Big River Steel, SMS Group(リンク
※11:U. S. Steel Closes on $240 Million Financing to Support Big River 2, U.S. Steel(リンク
※12:2023年度(2024年3月期)事業説明会, トヨタ紡績(リンク


 

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  • 記事・コンテンツ監修
    小林 大三

    アドバンスドテクノロジーX株式会社 代表取締役

    野村総合研究所で大手製造業向けの戦略コンサルティングに携わった後、技術マッチングベンチャーのLinkersでの事業開発やマネジメントに従事。オープンイノベーション研究所を立ち上げ、製造業の先端技術・ディープテクノロジーにおける技術調査や技術評価・ベンチャー探索、新規事業の戦略策定支援を専門とする。数多くの欧・米・イスラエル・中国のベンチャー技術調査経験があり、シリコンバレー駐在拠点の支援や企画や新規事業部門の支援多数。企業内でのオープンイノベーション講演会は数十回にも渡り実施。

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