海外のCVCはどのようなディープテックに投資しているのか|ライフサイエンス・製薬分野のCVC編
海外CVCを取り上げる特集。2回目はライフサイエンス、製薬分野が母体のCVCを取り上げる。
参考記事:海外のCVCはどのようなディープテックに投資しているのか|エレクトロニクス分野のCVC編
Illumina Ventures|先端ライフサイエンスに投資
Illuminaはゲノムシーケンス(ゲノム解析)に関するプロダクトを生産する米国のライフサイエンス企業。そのCVCであるIllumina Venturesは、米・英に拠点を持つIllumina Venture Labsと連携しながら投資活動を行う。
投資領域もライフサイエンス、医療が中心だ。その一つのBroken String Biosciencesは、ゲノム編集の工程となるDNA切断で標的のDNAがきちんと切断されたか、あるいは、標的外のDNAが切断された際の検知をするアプリケーションを開発する。
一般患者が利用するプロダクトを生産する企業として挙げられるのが、Delfi Diagnosis。肺がんのためのLDCT検査が必要かどうかを判定するキット「FirstLook Lung」をすでに販売している。
参考記事:Delfi DiagnosticsがMSDのCVCから資金調達、昨年にがん発現の可能性を判定するキットを発売したスタートアップ
医療以外では、まだ膨大に存在するとされる未発見の微生物により、CO2分離や製薬・先端材料の開発につなげるPluton Bioに出資している。
Labcorp Venture Fund|投資先には血圧測定ができるスマホアプリ開発企業も
Illuminaと同じく米国のライフサイエンス企業であるLabcorp(正式名称は、Laboratory Corporation of America Holdings)。医薬品開発の他、米国では職場単位で行われることも少なくない薬物検査、父子のDNA鑑定などを提供する企業だ。
LabcorpのCVCであるLabcorp Venture Fundは、これまで55を超える直接投資を行い、投資総額は$180m(約260億円)超に上る。シード、シリーズA・Bといった初期段階のスタートアップへの投資が多いという。
その中でAOA Dxは女性特有の疾患である卵巣がんの早期発見プロダクトを開発。検出法は細胞膜と血液という2本柱となっている。
Biospectalは、Androidスマートフォンのカメラに指を当て血圧を測定できるアプリケーション「OptiBP」を開発。Labcorp Venture Fundの他にBill & Melinda Gates Foundationも出資している。
家畜を対象としたライフサイエンス関連の投資先もある。Advanced Animal Diagnosticsは牛から採取した一滴の血液を診断する装置「QScout BLD」を開発し、抗生物質投与のタイミングを生産者に伝える。これにより、牛の抗生物質依存を減らすことを目指す。
Lilly Asia Ventures|アジアのヘルスケア・製薬が主な投資領域
Lilly Asia Ventures(LAV)はEli LillyのCVC。Eli Lillyは米国の製薬大手だが、LAVは名前の通り主にアジア圏のスタートアップに投資しており、上海、香港、パロアルトに拠点を有する。
投資先のAirdocは、網膜検査から糖尿病の診断補助をするソフトウエア、ハードウエアを開発。ほか、白内障や緑内障の検出も可能だ。
Black Diamond Therapeuticsは、非小細胞肺がん(NSCLC)と神経膠芽腫(GBM)に焦点を絞った製薬スタートアップ。まだ上市した製品はないものの、NSCLC向けの開発パイプラインはフェーズ2まで進んでいる。
CARsgenは、がん患者のT細胞を取り出しそれがキメラ抗原受容体(CAR)を生み出すCAR-Tへと変化させ、再び患者の体内に投与するCAR-T細胞療法向け薬品を開発。すでにZevo-celという薬品が中国で販売されている。
Johnson & Johnson Innovation|シードから後期段階までスタートアップをサポート
Johnson & Johnsonは、「早期イノベーションパートナーシップ」、JJDCと名付けられた「ベンチャー投資」、JLABSと名付けられた「インキュベーション」、「後期段階のパートナーシップ」という4つのアプローチからCVC活動を展開。子会社のJohnson & Johnson Innovationがその主体となる。
米国の有色人種の割合は4割に上りながら、医薬品の臨床試験を受けるのは9割が白人という課題がある。Acclinateはその解決を目指すスタートアップで、オンラインのコミュニティーによって有色人種の臨床試験参加を促す。
Moon Surgicalは「Maestro」という外科手術支援システムを開発するスタートアップ。2024年に商用モデルが米食品医薬品局(FDA)の承認を受け、近々、欧米で限定的な発売に踏み切るとしている。
Leaps by Bayer|医療・農業分野に投資
ドイツのBayerは、一般消費者には製薬企業として知られているが、農薬や化学品も生産している。そのため、同社のCVCチームであるLeaps by Bayerは、医療だけでなく農業分野のスタートアップにも投資する。
例えば、最近の投資先にChrysaLabsというスタートアップがあるが、土壌を分析するソリューションを開発。約30秒で土壌の状態をスキャンし、リアルタイムに生産者へデータを伝える。
NuCicerは、機能性の高いひよこ豆を開発する。ひよこ豆の先祖の遺伝子を利用することで従来品より75%、たんぱく質が増加。2050年頃に起こると見られるプロテインクライシス(たんぱく質の需要が生産量を上回ってしまう問題)の備えにもなるものだろう。
ヘルスケア分野の投資先として挙げられるのが、Woebot Health。認知行動療法 (CBT)、対人関係療法 (IPT)、弁証法的行動療法 (DBT)の考え方を基にしたチャットボットを開発しており、うつ病などの患者の行動改善を促すものだ。
M Ventures|投資枠は950億円超
M VenturesはMerckのCVC。投資枠は€600m(約953億円)で、設立からの15年間で90以上の投資先がある。
その一つ、beeOLEDは先進的な青色OLEDを開発。現在の青色OLEDは寿命と効率のどちらかに偏っているデメリットがあり、それらの両立を目指す。
Celestial AIは、「Photonic Fabric」というアプローチの光相互接続技術を開発。AIによって生じているデータセンターの帯域幅の拡張ニーズに寄与する。
Biolinqは、皮下にあるグルコースなどの成分を感知、分析するセンサーを開発。それを搭載したウエアラブル端末も開発し、人の健康管理に役立てることを目指している。
Merck Global Health Innovation Fund|製薬だけでなく診断・判定のプロダクトを開発する企業にも投資
Merck Global Health Innovation Fundは、Merck & Co.のCVC。先ほど取り上げた独Merckは、スペルも事業分野も同じであるものの、まったくの別会社だ。そのため、Merck & Co.は本拠の米国ではこの社名であるが、日本を含むその他の国では「MSD」の社名を掲げている。
CVCが投資するOctave Bioscienceは、多発性硬化症(MS)のバイオマーカー血液検査を開発。現状、MSは血液検査での診断ができない。マルチたんぱく質アッセイをバイオマーカーとする検査によって正確な診断を目指す。
Tassoは注射ではなく痛みを伴わない血液採取プロダクトを開発。また、血液サンプル搬送プロダクトもあり、医療従事者の負担軽減に取り組む。
2024年8月には、前出のDelfi Diagnosticsにも投資した。
Roche Venture Fund|2024年2月にはFreenomeに出資
RocheのCVC部門であるRoche Venture Fundは、スイスと米サンフランシスコの2拠点で活動。750mスイスフラン(約1267億円)の投資枠を用意する。
投資先のFabric Genomicsは、遺伝性疾患のゲノム解析において要する時間を短縮できるアプリケーションを開発。具体的には、開始から2時間以内にレポートが作成される。
以下の記事のように、2024年2月にはがんの早期発見に導くマルチオミクス検査手法を開発する、Freenomeにも投資している。
参考記事:バイオユニコーンのFreenomeがシリーズEで254m$調達、これまで確保した総額は1.4b$
まとめ
すべては取り上げられていないが、各社の投資先には中国の投資先が多く見られた。とりわけ製薬においては、これから多国間の開発競争が増していくのではないかと捉えられる。
CVCの投資先からは、母体企業が現在持っている経営思想も読み取れる。
参考文献:
※1:Illumina Ventures(リンク)
※2:Labcorp Venture Fund(リンク)
※3:LAV(リンク)
※4:Johnson & Johnson Innovation(リンク)
※5:Leaps by Bayer(リンク)
※6:M Ventures(リンク)
※7:Merck Global Health Innovation Fund(リンク)
※8:Roche Venture Fund(リンク)
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