心臓のモニタリング・心電図診断に関した新技術を開発するスタートアップ3社
心電図は心臓を鼓動させる電気信号を測定・記録し、心臓に関するさまざまな疾患を診断するためのものだ。従来の心電図計測は専門の知識を持った医師が必要で医療機関でしか受診できなかったが、近年ではデバイス小型化の取り組みやAIの導入によって簡易に受診可能になり、関連するスタートアップも増えている。
本稿では、心電図のスタートアップ企業を紹介する。
心電図の原理|心臓モニタリングの基本的な方法
心臓は周期的な電気信号によって収縮し、血液を全身に行き渡らせる。心臓の機械的活動の前段階として発せられるこの電気信号を測定する検査が心電図計測だ。
心臓を鼓動させる電気信号は立体的に伝導していくため、測る方向によってそれぞれ異なる重要な信号が計測でき、12通りの方向で心電図を記録する方法(12誘導心電図)が一般化した。人間の体は良導体であるため、手足に取り付けられた電極からも心臓の電気的信号を計測できる。
心電図計測からは不整脈(心電図形状が周期的にならない疾患)、心筋の異常、呼吸器疾患などさまざまな情報を読み取ることが可能だ。受動的な測定であるため人体に悪影響を与える心配はなく、電極さえ取り付け終われば測定自体は1分もかからない。迅速かつ安全な計測方法だ。
心電図計測の課題
心電図計測からは多量の情報を得られるが、これら情報の全てを有効に活用できているわけではない。例えば、心電図計測における左心室肥大の診断精度は、特異度は高いが感度が低く(特異な心電図形状が見られ見つけるのは簡単だが、この形状を持っているからといって左心室肥大とは限らない)、正確な診断には心エコーなどの別途検査を要する。
現状では、心電図の役割が異常の早期発見に限定されているが、精度を向上させていけば疾患や病態の同定に寄与できるかもしれない。
正確な同定が難しい原因としては、心電図が患者の年齢や体の大きさ、スポーツ経験、生活習慣、生まれ持った体質などによって変化するためでもある。これら情報や患者自身の自覚症状を加味した上で判定を下す必要があるため、心電図はある程度、医師の経験や知識に依存するものだ。よって、偽陽性や症状の見逃しは必ず生じる。
また、医療機関でしか受診できないことも心電図の可能性を狭めている。心電図計測で診断できる疾患の中には、日常生活における特定の行動と密接に関係するものがあるが、従来的な心電図計測機は大型で、患者の心電信号を常にモニタリングできない。
関連するスタートアップ|日米の3社を紹介
近年、心電図計測の分野でも技術革新が進み、在宅での診断や精度の向上を可能にする方法を複数のスタートアップが提案している。ここからはそれらスタートアップについて取り上げる。
VitalConnect
VitalConnectは2011年設立のウエアラブルセンサーメーカーで、病院と在宅の患者の両方を対象に、遠隔地からの心電図モニタリングサービスを提供している。
参考記事:Medtech SummitでVital Connectが語ったリモートモニタリング
VitalConnectが開発したウエアラブルセンサーであるVitalPatchは、無線通信機能を備えた単誘導心電計測端末だ。スマートフォン程度のサイズ、13gと非常に軽量で、防水機能を備えており、使い捨てのパッチであるため利便性に優れる。
2017年、VitalPatchは米食品医薬品局(FDA)より510kの承認を得た。
同社は2023年7月にシリーズF資金調達ラウンドで$30m(約42億円)を超える資金を調達。2021年から2022年にかけて収益は3倍に増加し、世界各国の医療機関でのVitalPatch導入実績が評価された。
VitalConnectはVitalPatchを用いたモニタリングと診断精度の向上のみならず、ノイズ低減や非侵襲血圧測定、睡眠の質の改善に関する研究などを進めている。
カルディオインテリジェンス
カルディオインテリジェンスは、2019年に設立した日本のスタートアップ。AIを活用することによって、心電図計測の自動判読を可能にし、医師の負担を減らす、ひいては心電図検査をより簡単に受診できる体制の構築を社是としている。
心電図計測とAI技術それぞれのスペシャリストがタッグを組み、システムの開発を進めてきた。
同社がローンチしたSmartRobin AI シリーズは、心房細動の発見にフォーカス。心房細動は脳梗塞の主な原因とされ、早期診断・治療により予防が可能であるが、循環器非専門医師にとって判読・発見が困難だ。本システムによって医師と患者双方の負担軽減を目指す。
SmartRobin AIは既に複数の医療機関に導入され、成果を上げている。
2022年11月にはシリーズA資金調達ラウンドで6億3000万円の資金調達を完了し、創業からの資金調達総額は約8億5000万円となった。
AliveCor
AliveCorは、さまざまなケースに合わせた心電図計測デバイスを開発してきた。
例えば、KardiaMobile 6Lは在宅で患者自身が測定できるよう設計されたシンプルな6誘導心電図計測器だ。クレジットカードサイズのコンパクトな板状デバイスで、測定時には手や足などに押し当て、30秒ほど静止していれば完了する。2022年にFDAの承認を得た。
Kardia 12Lは12誘導心電図計測器だが、一般的な据え置き型計測器と異なり、持ち運びが可能だ。同時にディープニューラルネットワークAIモデルを導入して、医療グレードの計測器と同等の性能が得られ、こちらもFDA 510kの認可を受けた。
2020年には、シリーズE資金調達ラウンドでオムロン ヘルスケアをはじめとする投資家らから$65m(約68億円)の資金を得ている。また、最新の資金調達ラウンドとなる2022年8月のシリーズFは、GE Healthcareが主導した。
「心電図」以外の方法も登場するか
今回、取り上げたスタートアップの一つであるカルディオインテリジェンスは、人の「声」から心臓の不調を見分ける技術の実用化も目指している。
心臓が発する電気だけでなく、このような音や画像診断などさまざまなアプローチからモニタリングする方法が出ることを期待したい。
参考文献:
※1:心電図講座 その1, 東邦大学医療センター 大橋病院 臨床生理機能検査部(リンク)
※2:健診における心電図の問題点と対応, 五関善成, 『総合健診』2019年6号(リンク)
※3:Experience Full Access Cardiac Monitoring, VitalConnect(リンク)
※4:VitalConnect Secures Fifth U.S. FDA Clearance for Patient Monitoring Device, VitalConnect(リンク)
※5:VitalConnect Secures over $30 Million in Oversubscribed Series F Financing, VitalConnect(リンク)
※6:Publications, VitalConnect(リンク)
※7:カルディオインテリジェンス(リンク)
※8:Product, カルディオインテリジェンス(リンク)
※9:株式会社カルディオインテリジェンス、シリーズAファイナルクローズとして総額6.3億円の資金調達を完了, カルディオインテリジェンス, PR TIMES(プレスリリース)(リンク)
※10:AliveCor(リンク)
※11:KardiaMobile® 6L: Medical-grade ECGs in 30 seconds with QT measurements, AliveCor(リンク)
※12:FDA Clears World’s First Credit-Card-Sized Personal ECG, AliveCor(リンク)
※13:Introducing Kardia 12L, AliveCor(リンク)
※14:AliveCor Closes $65 Million Financing to Accelerate Growth of Its Remote Cardiology Platform For Consumers, Employers, and Providers , AliveCor(リンク)
※15:AliveCor Announces Series F Financing to Help Expand Offerings to Key Healthcare Industry Stakeholders , AliveCor(リンク)
※16:心不全や認知症リスク、音声で発見 新興カルディオなど, 久貝翔子, 『日本経済新聞』2024年9月10日(リンク)
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