特集記事

研究・イノベーションプログラム「Horizon Europe」どのように欧州と技術の発展に寄与するのか?

INDEX目次

私たちの豊かな生活は、長年の研究とそれを支える研究資金による成果が社会実装され、実現している。しかし、研究の初期段階では投資を回収できるか不透明であり、民間企業、とりわけスタートアップが推進していくには、負担が大きい。

そこで、政府が先進的な研究を対象に資金を投じることがある。欧州連合(EU)で行われている投資として挙げられるのが、Horizon Europeだ。

本稿ではHorizon Europeの概要や支援内容を述べる。

プログラムの全体像|投資総額は15兆円

(Pixabay)

EUは域内国家の連合体であるが、EUそれ自体が一国と同等の立法・行政・司法機能を持つことも知られている。そして、EUの内閣に相当する組織として欧州委員会があり、その中に設けられた欧州イノベーション委員会(EIC)がHorizon Europeを実施する上での中心だ。

ここでは、EICをはじめとする機関がどのようにHorizon Europeを推進しているか、取り上げる。

概要と予算規模

Horizon Europe はEUが2021年から2027年までの 7 年間、実施する研究・イノベーション支援制度だ。総予算は€95.5b($99b、約 15兆円)に上り、EUの公募型研究開発支援プログラムとしては史上最大規模となっている。

また、2015 年に国連で採択された持続可能な開発目標(SDGs)の達成やパリ協定で定められた気候目標の達成への貢献も重視しており、全体予算の35%以上を気候変動対策に関連する取り組みに配分する。

5つのミッション

Horizon Europeでは、社会的課題の解決に向けて5つのミッションを設定。これらは 2030 年までに達成すべき具体的な目標として掲げられており、以下のとおりである。

  • 気候変動への適応:少なくとも 150 の欧州地域・コミュニティで気候的なレジリエンスを持たせる
  • がん:予防、治療、そして家族を含むがん患者の生活の質を向上
  • 健全な海洋・沿岸・内陸水域:海洋と水の回復
  • 気候中立・スマートシティ:100 の気候中立型スマートシティの実現
  • 健全な土壌・食料:欧州のための土壌計画として、健全な土壌に向けた移行を主導する 100 のリビングラボとライトハウス(実証拠点)の創出

ミッションの達成には研究・イノベーション活動への助成だけでなく、市民との共同活動や規制改革、さらには他のEUプログラムの活用など、さまざまな手法を組み合わせたアプローチを採用する。

プログラムの構成

プログラムは、3本柱で構成する。

第1の柱は「卓越した科学」で、7年間で約€25b($26b、約4兆円)の予算が充てられる。ここでは欧州研究評議会(ERC)を通じた最先端研究への支援、Marie Skłodowska-Curie Actions(MSCA)による研究者の育成・交流、世界レベルの研究インフラの整備などが行われる。なお、MSCAはHorizon Europeの一部であり、博士課程教育および研究者のポストドクター研修のための資金提供プログラムだ。

第2の柱は「グローバルチャレンジと欧州の産業競争力」で、3本柱の中でも最大の約€53b($55b、約8兆円)を配分。健康、デジタル・産業・宇宙、気候・エネルギー・モビリティ、食料・バイオエコノミー、文化・創造性、民間安全保障という 6つのクラスターで構成し、社会的課題の解決に向けた研究開発を推進する。

第3の柱は「イノベーティブ・ヨーロッパ」で、€13.6b($14b、約2兆円)を配分する。EICによるスタートアップ支援、イノベーションエコシステムの構築、欧州工科大学院(EIT)による人材育成が進められる。

主な支援スキーム|「アクション」と3つのプログラム区分

(Pixabay)

Horizon Europeで支援を受けたい企業や研究者は、「アクション」と呼ばれるプログラムに応募するところから始まる。アクションは、「研究・イノベーションアクション(RIA)」と「イノベーションアクション(IA)」の2種類だ。

RIAの対象は、基礎研究から実用化研究まで幅広く、Horizon Europeはプロジェクト費用の全額を支援。一方、IAはプロトタイプ開発や実証をを行う場合に該当し、企業は費用の 70%、研究機関などの非営利組織は100%の支援が受けられる。どちらも、原則としてEU加盟国・準加盟国の3つ以上の機関とコンソーシアムを組む必要があり、€4m〜15m(約$4m〜16m、約6億〜23億円)の助成がある。

アクションは別に、Pathfinder、Transition、Acceleratorの3つの区分もある。このうち、中小企業やスタートアップのイノベーション促進を目的とするものがAcceleratorで、2年間で最大€2.5m($2.6m、約4億円)の一時金と、通常7〜10年の間に最大€10m($10m、約16億円)までの投融資を組み合わせた支援が行われる。

審査プロセスと評価基準|採点により評価

(Pixabay)

EIC Acceleratorの場合、申請者は短い提案書、長い提案書という審査のステップがあり、それぞれにパスするとEIC審査員による面接を実施。そこで、最終的な支援の可否や形式が決められる。

評価は、「卓越性」「インパクト」「実施計画の質・効率性」という 3 つの項目に分けて行われる。それぞれ 0〜5の範囲において、一つの項目につき5点満点、0.5点刻みで評価され、各項目 3 点以上が採択の条件だ。特に、前出の第2の柱における社会的課題の解決に向けたインパクトが重視される。

すべてのプロセスを経た場合、申請から結果が出るまでの期間は6カ月ほどだ。

日本企業の参加について|今後、「準参加国」となる可能性

(Pixabay)

日本企業も本プログラムに条件付きで参加が可能だ。最低限の条件となるのが、EU域内の企業・研究機関などとのコンソーシアム組成である。EU加盟国1国1機関と加盟国・準加盟国の2機関、最低3機関以上の参加が必要となる。その上で、Horizon Europeに例外的助成を申請する流れだ。

Horizon Europeにおける準参加国の資格を日本は有するものの、これまで日本政府は参加の意思表示をしてこなかった。よって、今のところ日本の企業や研究者は、準参加国の扱いを受けられない。

しかし2024年11月、日本の外務省が欧州委員会とHorizon Europeの準参加へ向けた交渉を開始すると発表した。交渉がまとまれば、ここまで触れた条件の緩和が見込まれる。

その他、申請方法や関連情報は「EU Funding & Tender Portal」で確認できる。

これまでの支援実績|社会科学×テクノロジー事業も支援

(Pixabay)

これまでに多くの企業や組織がHorizon Europeによる支援を受けている。進行中のプロジェクトとして挙げられるのは、次のような事例だ。

アイルランドのInlecom Commercial Pathwaysは、IoTやクラウドにおけるサイバーセキュリティセンシング、管理サービスなどの統合ソフトウェアツールボックスを開発。EUからの投資は€5.6m(約$5.9、約9億円)となっている。

ベルギーのゲント大学はEUが独自の知識を向上させるべき4つの主要分野(科学技術、経済貿易、国内統治、外交政策)のうち、どの領域で中国と協力すべきか検討するためのデータベース「ReConnect China」の開発を進める。こちらは、事業にかかる約€4m(約$4m、約6億円)の全額をEUが支援する。

なお、ゲント大学の事例のように、Horizon Europeは社会科学的な事業、あるいは、社会科学的分野とテクノロジーを掛け合わせた事業の支援も行う。

今後の展望

Horizon Europe では、前身の Horizon 2020 からいくつかの重要な変更が加えられた。特に、研究・イノベーション投資の効果を最大化することを目指す「インパクトドリブン」の強化が特徴的である。また、社会的課題の解決に向けて分野横断的な「ミッション」を設定し、研究開発だけでなく規制改革なども含めた包括的なアプローチを採用している。

さらに、産学官連携を促進する「パートナーシップ」の仕組みも合理化され、より効果的な協力体制の構築を目指す。

これらの新たな取り組みにより、資金面にとどまらない研究・イノベーション能力の一層の強化が期待されている。



参考文献:
※1:EU の研究・ イノベーション枠組み プログラム Horizon Europe, 国立研究開発法人科学技術振興機構 研究開発戦略センター(リンク
※2:Horizon Europe, Europian Commission(リンク
※3:About MSCA, Europian Commission(リンク
※4:Horizon Europe Pillar II: Clusters, EU Fanding Playbook(リンク
※5:EIC Accelerator, European Innovation Council(リンク
※6:Europe Horizon 日本からの参加方法, 一般財団法人日欧産業協力センター(リンク
※7ホライズン・ヨーロッパへの日本の準参加に関する協定の交渉開始, 外務省(リンク
※8:“integrated software toolbox for secure IoT-to-Cloud computing” (INTACT), Europian Commission(リンク
※9:‘ReConnect China’: generating independent knowledge for a resilient future with China for Europe and its citizens., Europian Commission(リンク



【欧州スタートアップの技術動向調査やコンサルティングに興味がある方】

欧州スタートアップの技術動向調査や、ロングリスト調査、大学研究機関も含めた先進的な技術の研究動向ベンチマーク、市場調査、参入戦略立案などに興味がある方はこちら。

先端技術調査・コンサルティングサービスの詳細はこちら




  • 記事・コンテンツ監修
    小林 大三

    アドバンスドテクノロジーX株式会社 代表取締役

    野村総合研究所で大手製造業向けの戦略コンサルティングに携わった後、技術マッチングベンチャーのLinkersでの事業開発やマネジメントに従事。オープンイノベーション研究所を立ち上げ、製造業の先端技術・ディープテクノロジーにおける技術調査や技術評価・ベンチャー探索、新規事業の戦略策定支援を専門とする。数多くの欧・米・イスラエル・中国のベンチャー技術調査経験があり、シリコンバレー駐在拠点の支援や企画や新規事業部門の支援多数。企業内でのオープンイノベーション講演会は数十回にも渡り実施。

CONTACT

お問い合わせ・ご相談はこちら