特集記事

航空機・船舶における脱炭素化の要、水素エネルギー利用の最新動向

INDEX目次

自動車のハイブリッド化・EV化が急速に進む中、長距離輸送の雄である航空機・船舶の脱炭素化の動きは意外と知られていない。これらの輸送機器で現在、注目されているのが水素エネルギーを利用した動力源だ。今回は、水素を動力源とした航空機や船舶向け技術の最新動向について取り上げる。

水素エネルギーの利用には、動力源のみならず、貯蔵や輸送などインフラ技術の開発も必須であり、産業としての広がりも大きいが、本稿については、主に動力源としての水素利用に焦点を絞って紹介したい。

燃料電池、水素エンジン、ハイブリッド、3方式が有力候補に

脱炭素化を考えたとき、航空機および船舶の次世代動力源として有望視されているのが水素エネルギーを利用したエンジンだ。技術的には、エネルギーの利用方法によって大きく3種類に分けることができる。①水素燃料電池によって発電してモーターを回転させる燃料電池方式、②水素を燃焼させて熱エネルギーに変え内燃機関を動かす水素燃料エンジン方式、③他の動力源と①、②、あるいは①と②を組み合わせたハイブリッド方式の3つである。以下、それぞれについて触れる。 

燃料電池方式

すでに自動車用や家庭用、工場・ビル用などで実用化が進んでいる水素燃料電池は、航空機・船舶向け動力源として開発する上で比較的障壁が低い技術といえる。

燃料電池の最大のメリットは、水素と酸素の化学結合で生じるエネルギーを利用するために、排出される副産物が原則的に水のみというクリーンな面だ。また、化学エネルギーを直接電気エネルギーに変換するために発電効率が良い、水素と酸素という地球上に大量にある物質を燃料とするために資源枯渇の心配がない、家庭向けから大規模発電までスケーラブルであるなど、大変メリットの多い動力源である。

一方で、大型機や長距離の航行には向かないとの懸念もある。

水素エンジン方式

水素燃料エンジンは、内燃機関(エンジン)において燃料にガソリンや軽油などを利用する代わりに水素を利用する動力源である。このため、長年のノウハウが蓄積されている内燃機関を利用する点で、燃料電池以上に技術開発のスピードを加速できるメリットがある。燃料電池とは違い、通常の内燃機関と同様、水素と酸素が結合するときに生じる熱エネルギーを直接力学的エネルギーに変換してタービンなどを回す方式となる。

燃料電池では、モーターのような電気・力学変換装置が別途必要だが、水素エンジンでは直接ファンを回すことができ、機構のシンプルさが売りとなる。

ハイブリッド方式

ここまで取り上げた両者を組み合わせる、ハイブリッド方式もある。同じ水素燃料を使えるところがポイントだ。

船舶では、よりハイブリッドのバリエーションが広くなる。動力源の設置場所や重量に関する制限が航空機ほど厳しくないからだ。例えば、商船三井テクノトレードでは、燃料電池とリチウムイオン電池、バイオディーゼル燃料から動力源を選べる客船を開発している。

ハイブリッド旅客船「HANARIA」(商船三井プレスリリースより)

また、風力を使う帆船技術と燃料電池を組み合わせるハイブリッド船の開発も進んでいる。

航空機では貯蔵タンク、船舶ではハイパワー・ロングラン化が課題

本節では、航空機・船舶という形態別に見た水素エネルギー利用についての課題を見ていく。動力源としての利用の前に、純度の高い水素の生成プロセス(特に燃料電池に必要)やその配送、インフラ整備という課題もあるが、ここではあくまで機体、船体に搭載する動力源や貯蔵タンクに関する課題に絞って説明する。

1.航空機

構造上、動力源や燃料貯蔵、その他補機類を設置できる場所や重量に関する制限が大きいことが、航空機における水素エネルギー利用の主な課題となる。

中でも、最大の課題は貯蔵タンク。水素は、燃料電池、水素エンジンいずれも燃料として保管するために、気体ではなく液体を利用することになる。液体水素は常圧で-253℃と凝固点が低いため、タンクの断熱対策は厳重なものにしなければならない。

また、仮にタンクから水素が気体になって漏れ出たとすると、その引火性や爆発性が非常に高いため、漏洩対策にも十分な注意を払わなければならない。代替策として、特殊な合金に水素を吸蔵する水素吸蔵合金の開発も進められている。

排出ガスとしてCO2を出さないことが水素エネルギー利用のメリットだが、特に水素エンジンにおいては、燃焼温度が非常に高温になるため、発生するNOxが問題となってくる。

さらに、一見メリットに見える副産物のH2Oもその排出量が問題だ。大量に発生するH2Oは大気中で大量の水蒸気となり、高空ではそれが飛行機雲となる。実は、この飛行機雲が地球温暖化に影響を与えることは意外と知られていない。

2.船舶

船舶における水素利用の課題は、ほぼ航空機と同じだが、無給油での運行時間が航空機よりさらに長く、また必要とされる推進力も大型船では桁違いである点が異なる。現在のところ、燃料電池も水素エンジンも実用化されているのは近距離・小型船舶向けに限定されており、遠距離・大型船舶向けのハイパワー・ロングランに向けた技術開発が待たれる。

進む水素推進、航空機では2035年頃の実証飛行、小型船舶は運行開始

それでは、実際の開発例を見てみたい。船舶はすでに運行が始まっており、航空機も大手、スタートアップが開発を進めている。今後の課題としては、これらをより大人数、多くの積荷を運べる航続距離の長い中大型機・船に展開する、インフラを含めた技術開発が挙げられる。

航空機の開発については海外の組織・メーカーが一歩リードしており、船舶に関しては国内企業が海外に遅れを取らず活発に開発を進めている。

航空機

航空機の分野では、大企業、スタートアップ、研究機関の3つの事例、4組織を取り上げる。

大企業|Airbus

Airbusは、2035年までのゼロ・エミッション航空機の就航を目指し、2020年9月に3つのコンセプトモデルを発表した。いずれも水素を燃料とする方式で、(a)乗客200人以下を乗せ2000マイル以上の航続距離で飛べるターボファン方式エンジン、(b)乗客100人以下を乗せ1000マイル以上飛べるターボプロップ方式エンジン、(c)乗客200人以下を乗せ2000マイル以上飛べる主翼・機体一体型「blended-wing body」型機体という、3つのコンセプトを掲げる。また、2022年11月には水素燃料電池を動力源にするエンジンの開発も発表し、現行のエアバスA380に搭載して検証するとしている。

スタートアップ|H2FLYとZeroAvia

ドイツのスタートアップ、H2FLYは2016年に4人乗りの「HY4」の初飛行を成功させた。動力には水素燃料電池を使用している。HY4は2022年に高度7230フィート(約2200メートル)の高空飛行にも成功している。

HY4(Joby Aviationプレスリリースより。H2FLYはJoby Aviationの子会社)

米国のZeroAviaは、6人乗りの軽飛行機「Piper M Class」に水素燃料電池エンジンを搭載し、2020年9月に初飛行に成功している。

ZeroAviaはAlaska AirlinesよりBombardier Q400の実機を贈呈されており、両社は協業して水素動力の開発を進める(ZeroAviaプレスリリースより)

両社はそれぞれ、より多くの乗客を搭載できる機体を開発中だ。

研究機関|ATI(英)

英航空技術研究所(ATI)は、2022年3月に水素を動力に利用する航空機「FlyZero」の機体コンセプトを発表した。リージョナル、ナローボディ、ミッドサイズの3種から成り、リージョナルには水素燃料電池、ナローボディとミッドサイズには水素エンジンを利用する。ナローボディとはいえ、コンセプト図では気体前方のみ単通路で、中間部より後ろは2通路となっている。

2030年代の実証を目指す。

船舶

船舶では日本企業の3例を紹介する

商船三井

商船三井は、2021年12月に水素燃料電池と風力のハイブリッド型ヨット「ウインズ丸」の実証実験に成功したと報告した。大内海洋コンサルタント、国立研究開発法人海上・港湾・航空技術研究所など数団体と共同で開発している。

強風時に風力で航行しながら水中タービンで発電し、船内で水素を生産・貯蔵する。弱風時は貯蔵した水素を利用して燃料電池を使ってスクリューを回転させる方式だ。

日本郵船など

日本郵船は東芝エネルギーシステムズや川崎重工業などと150トンクラス相当(旅客定員100人程度)の中型観光船を高出力の燃料電池によって駆動する実証実験を2020年より開始した。2024年の実証運行を目指していたが、本稿執筆時点で続報はない。

ヤンマーパワーテクノロジー

ヤンマーパワーテクノロジーは、2024年10月に内航船舶向けの水素を燃料とする4ストロークエンジンの陸上実証試験に成功したと発表した。正確な名称は「発電用パイロット着火方式水素4ストローク高速エンジン」で、少量のディーゼル油を点火源(パイロット燃料)として利用し、本運転では水素と空気の予混合気を燃焼させる方式である。

実証が行われたエンジン(ヤンマーホールディングスのプレスリリースより)

どこにでもある軽量・高エネルギーでシンプルなエネルギー源、水素

2022年度における日本のCO2排出量約10億3700万トンのうち、運輸部門からの排出量は1億9180万トンで、これは総排出量の18.5%に及ぶ。運輸部門で最も排出量が大きいのは、自動車となっている。全体の85.8%と圧倒的で、自動車の脱炭素化が先行するのは納得できるのではないだろうか。

一方、自動車以外で見ると、航空部門は970万トン(5.1%)、船舶部門が1021万トン(5.3%)と一見わずかに見える。

ところが、これを旅客・貨物単位で見たときに、輸送量当たりのCO2排出量では、旅客で自家用車が128(CO2排出原単位[g-CO2/人km])とやはり最多だが、航空機が2番目で101とその差は僅かになる。また、貨物では自家用・営業用合わせて1344(CO2排出原単位[g-CO2/トンkm])に対して船舶は43と比率はだいぶ小さくなるが、それでも2番目という結果になる。

このように、自動車と航空機ならびに船舶では利用目的や利用する距離・時間が大きく異なるものの、運輸全体として見たときに、脱炭素化の大きなターゲットになることは間違いない。

水素は地球上に溢れかえっている物質であり、石油のように燃料として枯渇する恐れはほぼない。また、分子量が最も小さい分子なので比重も小さく、輸送などのメリットが大きい。エネルギーを取り出す際の反応も単純であり、副産物も主に水となるのでクリーンこのうえない材料といえよう。

その分、取り扱いに注意が必要だったり、メリットがデメリットに化けたりする瞬間もあるが、その対策に向けて関係各所が全力で取り組んでいるのが現状だ。インフラ開発も含めて大規模なプロジェクトとなるが、官民、そして世界規模で開発にあたるには、適切で見返りも大きいプロジェクトでもある。

2050年のカーボンニュートラルを目指す上で、水素エネルギー利用は期待の技術と言えるだろう。



参考文献:
※1:~国内初の試み~ 水素とバイオディーゼルを活用した ハイブリッド旅客船を「HANARIA」と命名, 商船三井テクノトレード(リンク
※2:WIND HUNTER, 商船三井(リンク
※3:水素航空機導入に関する運用面からの考察, 公益財団法人航空機国際共同開発促進基金(リンク
※4:Hydrog en Storage for Aircraft Applications Overview, Anthony J. Colozza, 米航空宇宙局(リンク
※5:Does the use of hydrogen produce air pollutants such as nitrogen oxides?, 米エネルギー省(リンク
※6:Contrail avoidance, American Airlines(リンク
※7:ZEROe, Airbus(リンク
※8:Airbus reveals hydrogen-powered zero-emission engine, Airbus(リンク
※9:H2FLY(リンク
※10:Why H2FLY is committed to hydrogen-powered flight, Charlie Currie, H2 View(リンク
※11:ZeroAvia(リンク
※12:ZERO-CARBON EMISSION AIRCRAFT CONCEPTS, 英航空技術研究所(リンク
※13:風と水素で走る究極のゼロエミッション船「ウインドハンタープロジェクト」佐世保でのヨット“ウインズ丸”による実証実験に成功, 商船三井(リンク
※14:運輸部門における二酸化炭素排出量, 国土交通省(リンク




【世界の水素関連の技術動向調査やコンサルティングに興味がある方】

世界の水素関連の技術動向調査や、ロングリスト調査、大学研究機関も含めた先進的な技術の研究動向ベンチマーク、市場調査、参入戦略立案などに興味がある方はこちら。

先端技術調査・コンサルティングサービスの詳細はこちら




  • 記事・コンテンツ監修
    小林 大三

    アドバンスドテクノロジーX株式会社 代表取締役

    野村総合研究所で大手製造業向けの戦略コンサルティングに携わった後、技術マッチングベンチャーのLinkersでの事業開発やマネジメントに従事。オープンイノベーション研究所を立ち上げ、製造業の先端技術・ディープテクノロジーにおける技術調査や技術評価・ベンチャー探索、新規事業の戦略策定支援を専門とする。数多くの欧・米・イスラエル・中国のベンチャー技術調査経験があり、シリコンバレー駐在拠点の支援や企画や新規事業部門の支援多数。企業内でのオープンイノベーション講演会は数十回にも渡り実施。

CONTACT

お問い合わせ・ご相談はこちら