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米政府のイノベーション支援制度「SBIR」。プログラムはどう進行しているのか

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SBIRは、中小企業を金銭面から支援することでイノベーションを促進し、国力増強を図るための米国の助成金制度だ。本稿ではSBIRの資金提供プロセスや、過去に支援を受けた企業、日本版SBIRの取り組みなどについて紹介する。

SBIRとは?邦訳すると「中小企業技術革新研究」

優れた技術やアイデアは、新たな産業の創出、さらには雇用拡大や国力増強につながる。

ただし、当該技術やアイデアの実用化にあたって必要な初期投資コストが大きすぎる場合、そのアイデアが実現されないまま、人知れず消滅してしまうこともあり得るだろう。これはアイデアを展開したい個人にとってだけでなく、国家にとっても大きな損失だ。

米国では、こうした機会損失を防ぎ、イノベーションによって世界をリードしていくために、資金面から新興中小企業を支援する制度が存在する。これが、Small Buisiness Innovation Research、略してSBIRだ。日本語では、中小企業技術革新研究と訳せるだろう。

本プログラムは1982年、Small Business Innovation Development Act(中小企業技術革新開発法)に基づいて創設され、米中小企業庁が統括してきた。一方、制度の実施で主体となるのは、後述するように連邦政府の各機関となる。

選定方法

SBIRに参加する資格がある主体は、米市民もしくは米国に永住権を持つ個人、もしくは、そうした個人によって経営されている中小規模(パートタイム労働者等も含めて従業員が500人以下)の営利企業が原則となっている。

研究の内容はどんなものでも良いわけではなく、大前提として、米国の技術革新に寄与する必要がある。また、既にソリューションを開発している企業に対し、遡及的に資金が与えられるものでもない。加えて、技術の商業化による経済成長の促進を目的とするため、商業化を意識した研究計画が求められる。

具体的なテーマについては SBIRのエージェンシーとなっている11の連邦政府機関が定め、毎年募集を行っている。該当する連邦政府機関は以下の通りだ。

  1. 農務省(USDA)
  2. 商務省(DOC)
  3. 国防総省(DOD)
  4. エネルギー省(DOE)
  5. 教育省(ED)
  6. 保健福祉省(HHS)
  7. 国土安全保障省(DHS)
  8. 運輸省(DOT)
  9. 環境保護庁(EPA)
  10. 航空宇宙局(NASA)
  11. 国立科学財団(NSF)

例えばDODの SBIR公募では、「先端材料」、「指向性エネルギー」、「ヒューマンマシンインターフェース」、「マイクロエレクトロニクス」などの技術に関する研究がテーマとなる。

選考にあたって重視する点や選考手順は募集を行っている機関によって異なるが、SBIRに選定された後の資金提供プロセスは共通しており、次に示すような3つのフェーズからなる。

実施プロセス

SBIR選定後の実施プロセスは以下の通り。

フェーズ I

フェーズ Iの目的は、選考時に提案された研究活動の技術的メリット、実現可能性、および商業化ルートを確立すること、また、フェーズ IIでさらなるサポートを提供する前に、ふるいにかけることにある。フェーズ Iは6カ月から1年続き、$50k~275kの給付が原則だ。

フェーズ II

フェーズ IIの目的は、フェーズ Iで開始された研究開発活動を継続すること。資金は、フェーズ Iで達成された結果、およびフェーズ IIで提案されたプロジェクトの科学的および技術的メリットと商業的可能性に基づいて決定される。通常、フェーズ Iの受賞者のみがフェーズ IIの受賞資格があるが、例外もあり、Direct to Phase II助成金(DP2)は、SBIR以外の資金でフェーズ Iのマイルストーンを達成した企業に供与される。フェーズ IIの賞金は、通常 2年間で $750k〜1.8m。

フェーズ III

フェーズ IIIの目的は、中小企業がフェーズ I/IIの研究活動から得られる商業化目標を追求することにある。フェーズ IIIでは政府から資金は提供されず、期間もまちまちだ。企業は、民間部門で資金を見つけるか、継続的な開発に資金を提供できる SBIR以外の連邦機関から資金を確保する必要がある。

SBIRのスピンオフ的制度「STTR」

SBIRに類似した制度として、Small Business Technology Transfer (STTR) programがある。日本語にすると、中小企業技術移転プログラムだ。SBIRをモデルに後から作られたものであり、中小企業を資金面から支援し経済成長を促すという目的や、3段階に分かれた資金提供手順などは変わらない。

一方で、STTRは公的な研究機関が開発した技術を民間に移転し、商業化することが主な目的だ。このため、STTRはパートナーとなる公的研究機関の存在を前提とした制度設計となっている。

細かな違いとして、SBIRは提供された資金を下請けに出す割合に33%という制限があるが、STTRの場合はこの制限が60%まで引き上げられる。SBIR、STTRともに、申請時にはプロジェクトの主任研究者を決める必要があるが、STTRでは主任研究者が中小企業に雇用されている必要はない。

優れたSBIR・STTRのプロジェクトに贈られる賞「Tibbetts Awards」

Tibbetts AwardsはSBIR、STTRにおいて優れた功績を残したと判断された中小企業、プロジェクト、組織、個人に対して毎年授与される賞だ。以下、Tibbetts Awardsを受賞した著名な企業について幾つか紹介する。

QorTekは圧電セラミクスやパワー半導体技術を有する電子部品メーカーで、2014年にTibbetts Awardsを受賞した。

同社は継続的に連邦政府機関との共同研究を行っており、2020年、そして2021年にNASAとのSBIR / STTRプログラムにも選定された。2021年のプログラムは、衛星推進機構におけるフロー制御バルブおよびレギュレータバルブをQorTekの圧電セラミクスで置き換えることを目指すもの。既存の磁気駆動バルブよりも高い精度での制御が可能となり、熱耐性の向上が見込める。

Made in Spaceは微小重力環境で動作する3Dプリンターの開発を行ってきた。2014年にはMade in Space製の3Dプリンターが国際宇宙ステーション(ISS)に届き、ラチェット等の工具製作に成功している。こうした功績から、2016年にTibbetts Awardsを受賞した。

なお2020年、Made in SpaceをRedwireが買収した。Redwireは宇宙で利用される発電機構、通信機構、カメラ、センサー、医薬品などのコンポーネントを供給し、軌道上でのミッションの遂行を包括的に支援する企業だ。

EnChromaは色覚異常を持つ人向けの色補正眼鏡を製造・販売している。同社は外科手術用レーザー保護メガネを開発するために複数の機関からSBIRの助成金を獲得していたが、その過程で偶然にも色覚異常を補正するアイデアを得た。

2012年に一般消費者向けへの製品販売を開始し、2016年にはTibbetts Awardsを受賞した。

EnChromaの色補正眼鏡Cx-65

日本版SBIR

日本でもアメリカのSBIRに倣い、1999年に中小企業技術革新制度(日本版SBIR)が創設された。しかし、日本の制度では中小企業のイノベーション創出につながっていないという課題が明らかになったことで、2021年に制度改革が実施されている。

日本でもイノベーションの価値について遅まきながら認識され、政府としてもやっと重い腰を上げた、という状況だ。日本で成果が現れるのはまだ先になるだろう。

SBIRの足跡と他国の制度

米国のSBIRは先に取り上げた他にも、レーシック向けレーザー開発のIntraLase Corporationや、SBIRの8つのプロジェクトが集合した火星探査ローバーが開発されているなど、産業的にも科学技術的にも大きな足跡を残してきた。

SBIR以外に、EUの「Horizon Europe」、英国の「UK SMART Grant」といった同様の制度が存在する。これらも追って取り上げたい。


参考文献:
 ※1:Course 1 PROGRAM BASICS | Tutorial 5 The History of the SBIR and STTR programs, SBIRオフィシャルサイト(リンク
 ※2:米国SBIRやその類似制度の概要およびポイント, 中小企業庁(リンク
 ※3:Guide to SBIR/STTR Program Eligibility, 米中小企業庁(リンク
 ※4:Small Business Innovation Research / Small Business Technology Transfer Department of Defense(リンク
 ※5:Course 1 PROGRAM BASICS | Tutorial 1 WHAT IS THE PURPOSE OF THE SBIR & STTR PROGRAMS?, SBIRオフィシャルサイト(リンク
 ※6:Course 1 PROGRAM BASICS | Tutorial 3 SBIR or STTR? Which one is right for me?, SBIRオフィシャルサイト(リンク
 ※7:2022 TIBBETTS AWARDS, SBIRオフィシャルサイト(リンク
 ※8:THE BEST IN SBIR, 米中小企業庁(リンク
 ※9:QorTek, Inc. has been awarded STTR Phase II Program Propellant Storage and Distribution System Based on Textured Ceramic Valves for Xenon EP Systems by NASA Glenn Research Center., QorTek(リンク
 ※10:SMALL BUSINESS INNOVATION RESEARCH 2016 TIBBETTS AWARDS / SBIR HALL OF FAME, 米中小企業庁(リンク
 ※11:Redwire Acquires Made In Space, the Leader in On-orbit Space Manufacturing Technologies, Redwire(リンク
 ※12:色覚異常とエンクロマ, EnChroma(リンク
 ※13:Accidental Discovery Leads to Glasses for the Color Blind, NIH SEED(リンク
 ※14:日本版SBIR制度の沿革等, 日本版SBIRオフィシャルサイト(リンク
※15:中小企業技術革新制度(日本版SBIR制度)の制度改革, 渡邉政嘉他, 『産学連携学』17巻1号(リンク) 



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  • 記事・コンテンツ監修
    小林 大三

    アドバンスドテクノロジーX株式会社 代表取締役

    野村総合研究所で大手製造業向けの戦略コンサルティングに携わった後、技術マッチングベンチャーのLinkersでの事業開発やマネジメントに従事。オープンイノベーション研究所を立ち上げ、製造業の先端技術・ディープテクノロジーにおける技術調査や技術評価・ベンチャー探索、新規事業の戦略策定支援を専門とする。数多くの欧・米・イスラエル・中国のベンチャー技術調査経験があり、シリコンバレー駐在拠点の支援や企画や新規事業部門の支援多数。企業内でのオープンイノベーション講演会は数十回にも渡り実施。

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