(特集) 社会実装が始まる世界のロボタクシー市場動向
ここ最近、ロボタクシーに関する動きが活発化してきた。これまで世界でも一部のエリアでのみ実証実験が行われてきたロボタクシーであるが、商用化を見据えてサービス実証の新しい動きが見られる。
今回は、世界におけるロボタクシーの実証動向と、そのビジネスモデルについて解説をしている。
想定より時間がかかっているロボタクシー
WaymoやCruiseなどの自動運転ベンチャーが開発を行ってきた自動運転技術は現在、主に4つの商用化のルートに取り組んでいる企業が多い。
1. ロボタクシー
2. ロボバス・シャトル
3. 自動運転トラック(長距離)
4. 配送車両(近中距離)
多くの企業はロボタクシーを想定して自動運転技術の開発を始めたが、ロボタクシーの商業化は当初想定より時間がかかる見通しとなっている。そこで、自動運転ベンチャーは依然としてロボタクシーの事業化には取り組みつつも、物流や配送などの領域で短期的にマネタイズを狙う動きに切り替えてきている。
2019年の実用化を断念したGM Cruise
2016年に約1,100億円もの資金を投じてCruiseを買収したゼネラルモーターズ(GM)は、2019年にロボタクシー事業を立ち上げるべく、当時40人だったCruiseの社員は、2019年時点では1,000人を超える組織体となっていた。しかし、安全性の更なる検証が必要であり、ステークホルダーの理解を徐々に得ていく必要がある、と言う判断から、実用化の時期を破棄した。
「我々は、道路の安全性にAVがプラスの影響を与えることが実証できる場合にのみ展開します。これをどのように測定および検証するかについて、規制当局と話し合っています。」と、当時のCruiseのブログでCEOであるDan Ammann氏は述べている。
2020年に自動運転トラック部門も立ち上げたWaymo
また、Alphabet傘下のWaymoは、Google時代の2009年から自動運転の研究開発に取り組んでいる。すでに5,000億円以上もの資金を調達している同社であるが、2018年にWaymo Oneという自動運転ライドヘイリングサービスを立ち上げるも、まだ本格的な商用段階に至っていない。実証実験が先行するフェニックスではすでに自動運転車両の走行マイルは1,000万マイルにも超えるが、それでも実証実験のままとなっている。
2020年にはWaymo Viaという自動運転トラック部門を立ち上げて、収益化を模索。WaymoのCEOであったジョン・クラフチック氏は今年4月に退任を発表、経営陣も変更するなど、必ずしも事業の進捗が順調ではないことを匂わせている。
なお、今年1月にFinancial Timesが当時はまだCEOであったジョン・クラフチック氏にインタビューを行っており、その内容が非常に興味深い。約30分に渡るインタビューの中で、商用化に至るための課題や、時間軸、収益性などに関する質問を投げかけるも、具体的な回答はほとんど何もなく、今後の計画については全く明かされなかった。
Aurora Innovationも最初の商業化はトラックからと発表
また、同じく自動運転システムを開発しているベンチャー企業のAurora Innovationは、7月にSPACで上場することを発表。今後の事業計画で、2023年後半に自動運転トラックの商用化を行うことを明らかにした。
なお、自動運転ライドヘイリングについては2023~24年時点ではまだ検証段階としており、商業サービスのローンチは2024~25年としている。事業計画上は、自動運転トラックの商業化の方が、ロボタクシーよりも1~2年程度早い計画となっている。
参考:自動運転AuroraがSPACで上場、2023年後半にトラックで商業化
それでも世界で実証実験は継続、拡大の動きも
このように、2018~19年頃は楽観視されていたロボタクシーの実用化であるが、その後各社方向性を修正しており、実用化時期は依然として不透明な状況である。
しかしその一方で、この半年あたりでロボタクシーに関して様々な新しい発表もあった。世界中で実証実験は継続しており、一部では商用サービスとしてパイロット実証が行われる例も出てきている。
2025~30年までに大きな拡大が見込まれる
世界のロボタクシー市場は、世界中でロボタクシーの実証実験が行われており、ライドヘイリング(配車サービス)の需要の高まりもあり、注目されている。
一方で、短期的な視点で見ると、タクシードライバーを自動運転で代替するというのは、必ずしもユーザーのペインを解決するようなものではない。ユーザーからするとドライバーが運転しようが、無人の自動運転システムが運転しようが、快適に移動ができれば良いのであり、本質的な価値はどちらでも大枠は変わらない。となると、ロボタクシーにとって重要なユーザー価値というのは、「コスト」「利便性」「快適性」となる。
中長期的には自動運転車両のコストが下がれば、マイルあたりの料金は大きく下がることになると言われている。しかし、あくまで将来的な話である。そのため、ロボタクシーというのは本当にニーズがあるのか、そしてビジネスモデルとして成立するのか、あまり公で議論されることが少ないものとなっている。
では各市場調査会社はどのような予測をしているのだろうか。いくつか並べてみてみよう。
- Mordor Intelligence
調査レポートの中で、ロボタクシー市場が2020年から2025年の期間中に年120.52%という驚異的なCAGRで成長する見込み、と予測している1)。(2020年5月) - Markets and Markets
ロボタクシーの台数が2021年の617台から、2030年までに1,445,822台に達すると予測している2)。(2021年6月) - 360iResearch LLP
2020年の6億3,095万米ドルから、2025年末までに129億1,404万米ドルへと成長すると予測している3)。(2021年6月)
これらのレポートではCOVID-19の影響も考慮されているが、全ての調査会社が大きく成長する市場であると定義し、予測を作成していることになる。
注1)ほとんどのレポートでは、高い製造コスト、ドライバーや歩行者への傷害のリスク、政府による適切な規制の欠如、不十分なインフラなどによって成長が阻害される可能性がある、と、ネガティブ要因もある点に触れていることから、当然下振れする可能性もある。
注2) これらのロボタクシーというのは、乗用車・バス・シャトルが含まれている。
ただし、厳密には調査会社によってやや年平均成長率(CAGR)は異なっている。CAGRで数字を出していないものもあり、また台数市場なのか金額市場なのかによっても変わってくる可能性があるが、おおよそで捉えると以下となる。
- Mordor Intelligence :CAGR 120%(2020-25年) 注)不明
- Markets and Markets :CAGR 137%(2021-30年) 注)台数ベース
- 360iResearch LLP :CAGR 83%(2020-25年) 注)金額ベース
1台の単価は年々下がってくると想定しているはずなので、金額ベース換算である360iResearch LLP社の予測が台数ベースのCAGRに比べてやや低く出ているというのは自然だろう。従って台数ベースで見るとCAGR100%超の予測というのが各社の見立てだと想定される(詳細の数字が必要な方はレポートを購入されたし。ここでは大まかな傾向を見ることを目的としている。)。細かい数字は置いておくと、いずれにしても非常に大きな成長率となっている。
世界のロボタクシー実証動向
すでに先行実証は一般ユーザへの有償サービスフェーズへ
現在世界中でロボタクシーの実証が行われているが、それではどのような企業が、どのようなことを行おうとしているのか整理したのが以下の表である。
直近1年間で発表があったものだけでも、これだけ多くの動きが出てきており、まさに今後の実用化に向けて各社の実証実験が加速している様子がわかる。
なお、下記の他にもプレーヤーは様々存在しており、それぞれで実証実験を行っている。下記の表で網羅しているわけではない点は要注意だ。
直近1年に発表のあったロボタクシーの実証・サービスインに関する整理
特筆すべきは、すでに一部のエリアでは一般ユーザーにアプリを公開し、有償(または無償)でサービスを行っている点である。
中国:世界で最も先行するロボタクシー実証
中国では、Baidu(Apollo)とAutoXの2社がロボタクシーを一般公開して有償提供していることが確認されている。
とりわけBaiduはロボタクシーの短期的な量産もにらんでおり、現時点で広州、長沙、上海、滄州、北京の5都市でサービスが提供されている。2021年第2四半期末時点で、Baidu Apolloの自動運転配車サービスは40万回以上の乗車を提供し、870万マイル以上を運転していると公表されている。
直近では今年5月に北京での有償ロボタクシー実証を開始。北京のどこにでもいけるわけではなく、北京の西部にあるShougang Park付近の3km2範囲内で乗客を運んでいる。10台のロボタクシーが稼働しており、1回の運賃は4.6$だ。
参考:Baidu World 2021で語った自動運転の取り組み
そしてAutoXは、2020年に上海で有償での一般市民向けロボタクシーサービスを公開。今年に入って深圳でもサービス実証を開始した。同社は7月に公開した第五世代の自動運転車両を、今後5年で40万台展開する計画であることを明らかにしている。
参考:AutoXの第五世代自動運転車でNVIDIA DRIVEを採用、2基のGPUで2,000TOPS級へ
参考:AutoXがロボタクシー向けにArbeの4Dイメージングレーダーを選択
参考:完全無人自動運転システムを開発するAutoXが深圳でロボタクシーの一般向け実証プログラムを開始
米国:フェニックスやラスベガスで先行、サンフランシスコでも限定的な一般へのサービスが解禁
米国ではシリコンバレーを中心としてロボタクシーの公道実験が数多く行われているため、サンフランシスコが先行しているイメージが強いが、ロボタクシーの一般向け実証に早くから着手しているのはアリゾナ州フェニックスとネバダ州ラスベガスである。
Alphabet傘下のWaymoは、2017年からメトロフェニックスでロボタクシーの実証を行っており、2018年12月からWaymo Oneのアプリを使ってサービスをプログラムに参加している限定ユーザーに公開していた。そして2020年10月からようやくサービスが一般公開され、24時間ロボタクシーが稼働している。以前は安全監視のためのオペレーターが搭乗していたが、現在メトロフェニックスで稼働している車両では無人となっている。
また、AptivはLyftと共同でネバダ州ラスベガスにおいてロボタクシーの一般向け実証を2018年から開始している。その後AptivとHyundaiは自動運転企業Motionalを設立。実証はMotionalで引き継がれ、今日までラスベガスで10万回の輸送を行い、有償でサービス提供した顧客の98%から5つ星の評価を得たことを発表している。
そして、つい先月(8月)に、ようやくサンフランシスコでもWaymo Oneのテスタープログラムで、限定エリアでの一般サービス公開が始まった。有償か無償かには触れられていないが(恐らく無償であると想定している)、これまで公道での実験を長く行ってきたサンフランシスコで、ようやく一般ユーザーが利用する形での実証に踏み切ったのは、1つステップを上ったことになる。
ドイツ:これまでは堅かったスタンスから、自動運転を積極的に推進へ
ドイツは欧州でも自動車業界を牽引している国であり、様々な標準化や規制もドイツが先導していることが多い。しかし、実はロボタクシーにおいてはこれまで積極的に実証が進められてこなかった側面がある。
ドイツのOEMやMobileyeはドイツの公道で自動運転レベル4の走行実験を行う許可を得て実験は行えても、ロボタクシーと言う形でのサービス実証は行えていない(少なくとも公表ベースでは見つけられていない)。
(補足)ちなみにSIP-Adasのワークショップで発表された、「日本とドイツにおける自動運転システムの社会的受容」4)というプレゼンテーションが公開されており、大変興味深い。あくまでサンプル的な調査であり、日本とドイツを代表するデータではない、という但し書きが付くが、調査対象となった500名での比較では、ドイツは自動運転システムに対する抵抗感が、日本に比べて高いという結果となっている。
しかし最近になってドイツの政府・当局はそのスタンスを変えようとしているように見える。ドイツは2021年5月に、2022年からレベル4の自動運転車が公道を走れるようになる法案を可決。シャトルやミニバス、ラストワンマイルなどの特定分野に限定して自動運転車が公道を、実証・テストではなくても走行できるようになる。
そして先般、IAA MobilityでのIntel CEOの講演でも発表されたように、今後ミュンヘンで行うロボタクシーの実証実験も、商用実証が当局から承認が取れればすぐに商用実証に移るとしている。
日本:今後世界と差がつく可能性がある日本の状況
日本においてもロボタクシーの実証実験はこれまでも行われてきた。
中でも日産自動車とDeNAが取り組むEasy Rideは今月(9月)で通算3回目の実証実験を開始するが、一般モニター200名を対象とした国内最大規模の実証実験となっている。Easy Rideは商用サービス化をにらんでやや踏み込んでいる一方で、その他の実証実験は実用化を議論するにはまだ遠いというのが現状であるように見える。
国内のロボタクシー実証実験
海外においては、中国は別として、必ずしもロボタクシーについての実証実験が次々と拡大していっているわけではない。これまでは欧米の都市でもロボタクシーの実証には、かなり慎重な姿勢が見られた。あの長年、自動運転車両の走行実験を行ってきたサンフランシスコでさえ、ようやく一部エリアでの一般利用の開放である。
しかし、この半年くらいで一気にサービス実証の動きが発表されており、前述したようにドイツミュンヘン(Intel / Mobileye / Sixt SE)、ドバイ(Cruise)、米国マイアミ(Argo AI / Ford)、イスラエルのテルアビブ(Intel / Mobileye)と、各地で実証実験が拡がる動きが見えている。時間軸はおおよそ2022年から23年となっており、原則商用サービス化が前提となっている。
日本においては、こうした短期的な商用サービス化を見据えた実証実験の動きまでは、現時点では広がっておらず、この1~2年で公表されているロボタクシーの計画からすると、世界の動きに大きく出遅れる可能性がある状況となっている。
WeRideによる広州での実験レポート
ロボタクシーが社会的にどのように受け入れられるか、という研究データも出てきている。
広州を中心にロボタクシー・シャトルを展開しているWeRideは、興味深いレポートを発刊した。2020年11月月に「China's First Robotaxi Passenger Survey Report」5)というタイトルのレポートを、精華大学交通研究所と共同でまとめて公表したのである。
このレポートはWeRideが現在広州で実施しているロボタクシーサービスの実証において、2020年10月30日~11月8日に乗車したユーザーを対象にアンケート調査を行い、前部で657人の回答があったものをレポートとして整理したものだ。ロボタクシーに関する実際のユーザーによるフィードバックのこの規模の公開レポートは他に無く、貴重なデータとなっている。
WeRideは広州で2019年からロボタクシーの実証を行っている。広州は上海、北京に次ぐ3番目に大きな中国の経済都市だ。この広州の一角、広州開発地区という144km2の広大な土地で朝8時から夜10時までロボタクシーが稼働している。
以下の結果を見て欲しい。
WeRideのロボタクシー利用の目的
この広州開発区においては、利用者の56%が通勤で利用しており、ビジネスでの利用と合わせると72%を占めている。そして少なくとも1週間に1回は乗っているリピーターが28%存在している。
Robotaxiが無い場合にどのような手段で代替するか?
そして、Robotaxiが無い場合の代替手段としては最も多いのはタクシー利用/ライドヘイリング利用であり、実に55%も占める。すなわち、WeRideのロボタクシーによって代替されたのはタクシー・配車サービスが第一、そして次に公共交通機関であることがわかる。
ロボタクシーと従来のタクシー/配車サービスでどちらを選ぶか?
そして上記の、ロボタクシーと従来のタクシー(または配車サービス)のどちらを選ぶか、という質問に対しては、最もボリュームゾーンを占める43%の人は料金の安い方、としている一方で、ロボタクシーと答えている人も28%存在している。
現時点ではあくまで利用できるスポットも限られており、限定された条件でのサービス提供となっているが、それでも現在の料金を前提とすると、一定数は交通の手段として受け入れている様子が伺える。ただし多くの人が使うようになるには、従来のタクシーや配車サービスに比べて料金が安くなることが一番インパクトがありそうである、という結果となっている。
ロボタクシーの収益性
どのレベルの運賃に設定するか、によってロボタクシーの利用者数には大きく影響が出そうであるが、それではロボタクシーの収益性とはどのようになるものか、レビューしてみたい。
様々なメディアがロボタクシーの実証実験について報じる一方で、そのビジネスモデルや収益性に関する報道や分析については少ない。一方で、大学研究機関などでロボタクシーの収益性について論文としてまとめられていたり、様々な機関の実施する調査などで、その一端について垣間見ることはできる。
タクシー事業のコストのほとんどは人件費
そもそもタクシー事業のコスト構造はどうなっているのだろうか。
国土交通省の資料によると、タクシー事業のコストの7割超を占めるのが人件費となっており、次いで燃料費が大きい。
平成23年度のタクシー事業のコスト構造実績
UberやLyft、DiDiなどのライドヘイリングサービスを手掛ける企業がこぞって自動運転技術に投資(または自動運転企業との提携)を行うのは、自動運転によってこのコスト構造が大きく変わる可能性があるから、と想定される。
将来的に自動運転技術のコストが下がり、そしてユーザーに対して利便性や運賃でのメリットを提示することができれば、配車サービサーは大きな利益を上げることができる可能性がある。
(補足)ただし、タクシードライバーの雇用や処遇を将来的にどうするのか、社会的に受け入れられるのか、などの問題が別で生じることになる。この点での議論はまだあまり業界的に進んでいないように見える。
将来的には自家用車程ではないが、ライドシェアよりはコストが安いという予測も
前提の置き方が難しいが、ロボタクシーの輸送コスト(マイルあたりコスト)については様々な予測が出ている。
楽観的な予測としては、将来的にロボタクシーの輸送コストは、人が運転した場合の現行の3.5$/マイルに対して13分の1の、0.26$/マイルになるという予測6)である。これは非常にインパクトのある数字であるが、どのような前提かやや不透明だ。
一方でより前提条件を積み上げており、他の楽観的な予測では見通している要素があることを指摘している米国の交通シンクタンクのVictoria Transport Policy Instituteが発刊した2021年9月の最新の論文7)では、ロボタクシーは、通常のヒューマンドライバーのタクシーに対して30~40%程度の、1$未満/マイルとしている。自家用車よりは高いが、通常のライドヘイリングやタクシーよりは安くなる、という結果だ。
モビリティオプションによるコスト比較
この論文の中では見落とされがちな要素として以下が挙げられている。
- ナビゲーションやセキュリティサービスのサブスクリプション(年間150~750$)
- 保守コスト(冗長なセンサコンポーネントが必要であり保守コストが増大する)
- 清掃・修繕コスト(5~15回の輸送ごとに清掃・修繕が必要)
- 車両のバッテリーコスト(バッテリーは約100,000マイルごとに交換が必要)
- AV化することによる衝突事故率の過大な改善見積もり 等
(補足)なお、車両コストの見通しには触れられていないが、算出ロジックとして、自動運転機能をオプショナルでつけるとするといくらになるか、という点には触れられており、こうした必要機能を既存車両コストにアドオンする、というロジックでコストを算出していると想定される。
悩ましいのは、両文献ともに何年時点でのコストなのかを明示しておらず厳密に比較することは難しい。Victoria Transport Policy Instituteの予測は、比較的様々なコスト要因を想定していることが伺え、より現実に近い数字になると見込まれる。
LiDARコストやHDマップ更新コストが下げられるか、Baiduは約820万円まで生産コストを落とす
現行のロボタクシー車両は非常に高い。
2018年の段階で、市場調査会社のYole Developmentは1台あたり平均約20万ドル(約2,200万円)とロボタクシーの車両コストを見積もっている。そして2020年に中国のDiDiは自動運転車両は1台あたり100万元(約1,700万円)と発言したと報じられている。また、2021年に公開された論文8)では、Waymoの車両コストが20万ドル(約2,200万円)という記述もある。
これらのコストがどの程度の生産量を想定した時のコストかわからないが、おおよそ現行の自動運転車両は1台1,700~2,200万円程度と見るのが良さそうだ。
そして2021年6月に、BaiduはBAICと共同でApollo Moon Robotaxisを立ち上げ、大量量産を計画していることを発表した。今後3年間で1,000台のロボタクシーを生産する計画で、技術と量産能力の成熟により、1台あたりの製造コストは48万元(約820万円)に引き下げられるという。
なお、このApollo Moonはカメラ13台、ミリ波レーダー5台、そしてLiDAR(何台かは不明)でセンサーが構成されており、LiDARについてはHesai社との共同開発により、同タイプのLiDARと比べてコストを50%近く削減することに成功した。
参考:Baidu(バイドゥ)とHesaiがロボタクシー用にLiDARを共同開発
この車両コスト低減がどのような意味を持つのかというと、おおよそ利用年数を5年とすると、現行の自動運転車両は月あたり約41万円のコストである一方で、Baiduの発表したコストの場合は月あたりわずか約13万円となる。
このソースによると、中国ではタクシードライバーの月給は平均9,520元(約16万円)、最高水準で15,000元(約25万円)だという。ロボタクシーは都市部で運用されるため、人件費で月20万円前後となりそうだ。となると、仮に無人運転が将来可能になるとすれば、Baiduが発表した生産コストは十分ペイしてもおかしくない水準となる。
なお、この車両コストにおいて、センサコンポーネントが占めるコスト割合は大きい。半導体大手企業のNexperiaがスポンサーで、様々な分野のエンジニアによって作成された自動運転に関するレポート9)では、自動運転で使用されるセンサーのスペックやコストが、典型的な例では以下のようになると整理している。
自動運転車両に使われる主要センサ
センサー | 測定距離 | コスト | データレート |
カメラ | 0~250m | 4~200$ | 500~3500Mbps |
超音波 | 0.02~10m | 30~400$ | <0.01Mbps |
レーダー | 0.2~300m | 30~400$ | 0.1~15Mbps |
LiDAR | ~250m | 1,000~75,000$ | 20~100Mbps |
(あくまで典型的な例であり、この値から外れるものもある)
圧倒的にコストとして大きいのがLiDARであり、それ故にLiDARを開発する大手企業やベンチャー企業が数百ドルレベルのコストになるように、開発に多大な資本とリソースを投じている。
LiDARの技術開発動向についてはこちらを参照。
参考:(特集) 車載LiDARの技術動向 ~種類・方式の特徴と全体像~
テスラのようにピュアビジョン方式を目指す動きもあるが、ビジョンベースで自動運転技術を開発していたMobileyeも、来年からミュンヘン・イスラエルで実証を開始するロボタクシー量産モデルでは、カメラ・LiDAR・レーダーと全てのセンサを使っている。特に都市部の複雑な道路で安全性を担保するには、LiDARを無くすことは難しいというのが現状だ。
さらに上記に加えて、HDマップの作成・メンテナンスコストも重要なコストファクターとなる。Pitchbook10)は大規模な都市部での年間のマッピングコストを110万ドル(約1.2億円)と見積もっている。100台で運用するとなると1台あたり年間120万円、1,000台で運用するなら1台あたり年間12万円の負担となり、100台規模ではかなり利益を圧迫することになる。
採算が合うのは都市部、郊外では赤字
ここまで見てきたデータを踏まえると、原則、ロボタクシービジネスというのは、コストを抑えながら、運賃を上げることなく、いかに密度高くロボタクシーを稼働できるか、というビジネスとなる。
上述のPitchbookの予測では、仮に車両コストが将来的に1台あたり50,000ドル相当まで落とせるとした場合、サンフランシスコのような都市部では利益が出るが、インディアナポリスのような郊外では赤字になると試算10)している。
いくつかの前提条件は以下だ。
- 車両コストは将来的に50,000ドルに下がると仮定
- 車両稼働率は都市部で60%→将来80%、郊外で40%→将来60%
- 修理や清掃コストは1マイルあたり0.37$→将来は0.24$
- 1回あたり走行距離は都市部で4.4マイル、郊外で7.7マイル
- 遠隔監視は都市部で1人で10台、郊外で20台をモニタリング
- 仮にその都市内のタクシー需要の半分をロボタクシーで代替した場合
(補足)人口密度について補足をすると、サンフランシスコは約7,000人/km2なのに対し、インディアナポリスは1,000人弱/km2であり、大きな差がある。
郊外だと特に、車両の稼働率が下がることから、1輸送あたりの清掃・メンテナンス・修繕コストが大きくなることが想定されている。なお、その都市のタクシー需要の半分をロボタクシーで代替していることを前提としているため、運用台数としては2,000台規模となっており、それだけの台数を運用するとなるとマップコストは1台あたりは大したコストにはなっていない。
あくまで1つの考え方であるが、サンフランシスコのように密集した大都市であれば、ロボタクシーが大規模配備されれば利益がしっかりと出る計算だが、郊外では赤字となってしまう。そのため、ある都市で上手くいったからといって、どの都市でも成立するものではない、というのがロボタクシーのスケールを考えた時に直面する課題となる。
収益性以外でのロボタクシーの意義
さて、ロボタクシーのその単独での収益性については上記で見てきた。
ここではまた別の観点での意義の可能性について取り上げたい。それは「HDマップの更新」について、である。
自動運転レベル4ないしはレベル5を、高速道路だけでなく都市部においても実現していくには「どのようにHDマップの更新を行うか」という論点が非常に重要性を増してくる。テスラ以外の全ての自動車メーカーが自動運転にHDマップを活用しており、HDマップは自動運転における核となるコンポーネントとなっている。そしてこのHDマップはある程度のリアルタイム性を持って更新していく必要があるが、この更新に大きなコストがかかる。
HDマップの更新は主に二つの方法が挙げられる。
- カメラ・レーダー・LiDARなどのセンサーを搭載した車両で道路を走らせてスキャンしていく方法
- すでに何かしらの形で走行している自動車からデータを吸い上げて更新していくクラウドソーシングという方法だ。
特にHDマップの更新においては、そのスケーラビリティから、クラウドソーシングの手法が注目されており、データソースとしてはすでにADASを搭載した乗用車や、商用車(トラック、バス、配送車両)などが挙げられている。
例えばIntelのCEOは「「Maps are like gold(地図は金のようです)」とIAA Mobility 2021で発言しており、MobileyeのREMというマッピングシステムは、MobileyeのシステムをADASとして搭載している車両が通行した道路のレーンやランドマークなどのデータを、道路セグメントデータ(RSD)と呼ばれる小さなカプセルにパックし、クラウド上のサーバーへ送信していく。
このHDマップの更新のために、ロボタクシーが良質なデータソースとして活用される可能性が高いと見る。特に、ロボタクシーはカメラ・レーダー・LiDARが全て搭載されており、良質なセンシングデータを取得することができる。市場調査会社の予測通りに、都市部でロボタクシーが受け入れられれば、かなりの頻度で街中を走行し、豊富なHDマップのデータ源となることだろう。
まとめ
最後にロボタクシーの動向をまとめたい。
上記で見たように、直近1年~半年でロボタクシーの実証実験は更に加速の動きを見せている。中国・米国を中心に、一部はすでに有償サービスで実験的に提供済みだ。
様々な前提を置いた試算では、将来的に自動運転車両コストが大きく下がることが前提ではあるが、都市部は十分に黒字、郊外には簡単には広がりにくいというビジネス構造であることも伺える。しかも100台などの小規模では採算は合わず、1,000台・2,000台といった規模の運用が必要となりそうである。
UberやLyft、DiDiなどのライドヘイリングは都市部に強く、人件費が多くの事業コストであり、ロボタクシーと地理的親和性が高いことから、利益を大きく伸ばせる可能性があると見ていると推察される。
また将来的に都市部でレベル4・5の自動運転車両が様々活用されることを考えると、自動運転にとって重要なHDマップの更新において、ロボタクシーに取り組むのは有効なデータソース源になる可能性もある。
今後、実証が進み、いざ商用化のフェーズに入ってくると、ドライバーの処遇などの社会的課題に焦点がさらに当たるようになる可能性もある。このあたりはまだあまり表面化していないため、今後の課題となりそうだ。
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参考:先端技術調査・リサーチはこちら
参考文献:
1) ロボタクシー市場、驚異的ペースで成長見込み 2025年までのCAGRは120%超の予測, グローバルインフォメーション(リンクはこちら)
2) Robotaxi Market worth 1,445,822 units by 2030 - Exclusive Report by MarketsandMarkets™, (リンクはこちら)
3) Robo-taxi Market Research Report by Autonomy (Level 4 and Level 5), by Fuel (Fully Electric, Hybrid, and ICE), by Vehicle, by Region (Americas, Asia-Pacific, and Europe, Middle East & Africa) - Global Forecast to 2026 - Cumulative Impact of COVID-19(リンクはこちら)
4) 日本とドイツにおける自動運転システムの社会的受容 概念的課題と実証研究成果, Torsten Fleischer / Jens Schippl / Yukari Yamasaki(Karlsruhe Institute Of Technology カールスルーエ工科大学), 谷口綾子 / 神崎宣次 / 久木田水生 (筑波大学) (南山大学) (名古屋大学), 中尾聡史 (京都大学), 田中晧介(東京理科大学)(リンクはこちら)
5) China's First Robotaxi Passenger Survey Report(リンクはこちら)
6) BIG IDEAS 2019, Ark Investments LLC(リンクはこちら)
7) Autonomous Vehicle Implementation Predictions, Implications for Transport Planning, September 2021, Todd Litman, Victoria Transport Policy Institut(リンクはこちら)
8) Tennant C, Stilgoe J. The attachments of ‘autonomous’ vehicles. Social Studies of Science. August 2021. doi:10.1177/03063127211038752
9) 2020 AUTONOMOUS VEHICLE TECHNOLOGY REPORT, Welover(リンクはこちら)
10) PitchBook Analyst Note: Robotaxis and the Road to Profitability(リンクはこちら)
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