ホンダが出資した教師無し学習のHelm.ai
2022年1月、ホンダがAIなどのソフトウェア技術の開発強化に向けて、AI画像認識技術に強みを持つ米国企業のHelm.aiに出資したことがニュースとなった。
Helm.aiは、2016年に設立されたスタートアップであるが、ホンダとは、同社が行うオープンイノベーションプログラム「Honda Xcelerator」を通じてコラボレーションを行っており、両者の結びつきは強い。
Helm.aiは日本ではまだ馴染みのない企業といえるが、教師無し学習の開発に注力するいま注目の企業の1つである。
ここでは、Helm.aiがどのような企業であり、どのような技術開発を行っているのかについて解説するとともに、同社の可能性について解説していく。
Helm.aiとは?
教師無し学習で注目されるAIスタートアップ
Helm.aiは、2016年に米国カリフォルニア州で誕生した。
同社は、創業時から自動運転技術に使用されるAIの開発に注力しており、特にカメラやセンサーなどが取得される画像データを解析するソフトウェアの開発を行っている。
同社の大きな特徴として挙げられるのが、AIシステムの活用に採用する教師無し学習であろう。
教師無し学習とは、AIに自律的に学習する能力を与えるための手法であり、アノテーション(注1)されたデータを使用しないニューラルネットワークのトレーニング手法である。
注1) アノテーションとは、データに情報を付加するプロセスのことであり、教師データを作ることでもある。例えばここで言うアノテーションは、画像データに対して「人間」「自動車」「標識」などの情報を付加(ラベリング)することを意味する。
これまで一般的であったAIトレーニングは教師あり学習と呼ばれ、車両や信号機、標識、歩行者などの物体に関する膨大な量の画像データを読み込ませ、さらにそれらの物体に対してアノテーションを行うという手法であり、その作業には多大な労力とコストが必要とされていた。
これに対して教師無し学習であれば、AIトレーニングのために手動で行っていたアノテーションによる膨大な作業負荷を減らすことができるとともに、より複雑なパターンの発見や未知のデータへの対応能力が向上させることができる。このため教師無し学習によるAIトレーニングのアプローチは、自動運転の実用化に向けた重要な技術として注目されている。
そして同社は、従来型の機械学習とは全く異なるアプローチによってその学習精度を高め、車両や標識などの大規模な画像データや多大な人手によるアノテーションの負担をなくしていくことを大きな目標として掲げているのである。
NVIDIAもHelm.aiを支援
Helm.aiのAI開発には、NVIDIAも関わっている。
同社は、NVIDIAが主催するスタートアップの支援プログラム「NVIDIA Inception」に参加し、NVIDIA Inception Programのメンバーとなっている。現在は、NVIDIAとパートナーシップを結んでいる。
Helm.aiは、教師無し学習を用いたスケーラブルなAIソフトウェアの開発を目指しており、これを達成するためにNVIDIAのデータセンター用GPU「NVIDIA V100 Tensor core」を使用したAIトレーニングを行っている。
このようなデータセンターの環境を整備したことによって、ペタバイト単位のデータを処理することができるという。
しかも、AIトレーニングが完了した後は、NVIDIAのAIコンピューティングプラットフォーム「NVIDIA DRIVE AGX Xavier」を使用して、NVIDIAのレベル2+の自動運転ソフトウェアのテストを行うことができる。DRIVE AGX Xavierは、レベル2+とレベル3の自動運転に対して毎秒30兆回もの演算処理能力を備えたAIコンピューティングである。
このようにHelm.aiにとっては、不自由ない開発環境が整えられており、今後の開発を加速させられる十分な材料が揃っている。
一方のNVIDIAにとってもHelm.aiとのパートナーシップのメリットは大きい。例えば、NVIDIAが2022年12月に発表したAIソフトウェア「AI Enterprise 3.0」では、Helm.aiの技術が含まれていることに言及している。
Helm.aiは、今後もNVIDIAのシステム基盤上でのAIトレーニングを行っていくとみられ、技術開発の加速が期待されるだろう。
Helm.aiの技術「ディープティーチング」
それでは、Helm.aiがもつ技術について見ていこう。
ドラレコ画像から教師無しで車線認識を学習
Helm.aiは2020年6月に、教師無し学習技術のブレークスルーとして、同社の技術を発表している。このブレークスルーは「ディープティーチング」と呼ばれている。
同社CEOのVladislav Voroninski氏によれば「ディープティーチングは、教師なし学習のブレークスルーであり、人間による注釈やシミュレーションの負担なしに実際のセンサーデータをトレーニングすることで、ディープニューラルネットワークの能力を最大限に活用できるようにするもの」と説明されている。
同社がディープティーチング技術を用いて最初に行った事例においては、世界中の数千種類に及ぶドライブレコーダーなどの車載カメラの映像から数千万枚の画像を対象として、ラベル付けやシミュレーションを行うことなく車線を堅守するニューラルネットワークを学習させている。
その結果、学習後のニューラルネットワークは、雨や霧、照射などによる眩しさ、レーンマークの色あせや欠落、その他さまざまな照明条件など、自動運転技術の開発において大きな妨げ・課題となることが知られているケースに対してロバスト、つまり安定的なアウトプットを出すことに成功している。その性能は、ベンチマークとした一般公開されている他のコンピュータビジョンを上回ったとされている。
自律走行向けの技術開発も実施
さらに同社の技術は自律走行向けにも開発されている。
例えば、道路に関するデータについて一度もトレーニングを行うことなく、急でカーブの多い山道で自律的に操縦できるフルスタック自律走行技術のデモンストレーションにも成功している。
この技術構築においては、1台のカメラと1つのGPUのみが使用されており、GPUはマップやLiDAR、GPSからのデータの取り込みを一切必要としないことが発表されている。対象物のカテゴリや手元のセンサーに依存せずに物体認識などが可能となることから、目指している技術は非常に革新的であるように見える。
(補足コメント)ただし、この技術を言葉通りに捉え、1台のカメラで自動運転が実現する技術、とするのはやや危険である。複数台のカメラベースでの自動運転システムに取り組むWayveやTeslaでも、商業ベースでのL4システムはローンチできていない。あくまで限定された環境でのデモンストレーションであり、初期段階のプロトタイプと捉えるのが自然である。
同社はこの確立した技術をもとに、数十のオブジェクトカテゴリのセマンティックセグメンテーション、単眼視の深度予測、歩行者の意図のモデリング、LiDARとコンピュータビジョンとの融合、HDマッピングの自動化など、AVスタック全体にディープティーチングを適用する開発を行うとしている。
同社に投資するQuoraのCEOであるAdam D'Angelo氏は「Helm.aiの自動運転技術は、自律走行の可能性を実現するのに最適な技術である」と述べている。
ホンダがHelm.aiに出資した理由の考察
以下はあくまで考察であり、ホンダからHelm.aiに出資した理由が詳細に発表されているわけではないため、参考として捉えていただきたい。
自動運転技術が抱える「スケーラビリティ」の問題
冒頭でも述べた通り、ホンダは、Helm.aiが設立されて早い段階からコラボレーションを行っている。ホンダは、Helm.aiの可能性に早期から注目していると言ってよいだろう。
ホンダに限らずだが、多くの自動車メーカーはこれからの生き残りをかけて自動運転技術の激しい開発競争を繰り広げている。一方で、自動運転技術、とりわけL4自動運転技術というのは現時点でまだ商業化されていない。
現在も、自動運転技術には以下のような課題がある。
- 混在空間(特に人が多い環境)でのロバストな予測と制御
- ロングテールへの対応(めったに起こらないが、たまに発生する状況)
- 未学習環境への対応
WaymoはコンピュータービジョンのカンファレンスであるECCV2022で、ロングテール問題への対応、及び未学習な環境への柔軟な対応について発表していた。現状の最先端の技術は、まだこうした複雑な問題に対応しようと最適化を模索している段階である。
こうした複雑な環境に対応するアルゴリズムの学習は非常に手間がかかる。
「自動運転L4の実現は時間の問題だ。こうした問題の解決は簡単ではないが、いずれ時間が解決するだろう。」というのは米国の様々な自動運転関連企業の担当者と話をしていて出てくる言葉である。
とにかくシステムを完成させるには時間がかかるのである。
現状は都市ごとに高精細なHDマップを作り、LiDAR・Radar・カメラを何個も搭載し、ロバストで冗長なハードウェアとシステムを構築し、何度も都市内を走行させてデータを取得する。
そして、もし車両のセンサ構成・配置が変わり、別のモビリティで新しい環境に適応したシステムを構築しようとすると、ベースのアルゴリズムは活用できる部分もあるだろうが、多くの部分は学習をし直す必要がある。
このように、現行の技術で考えると、自動運転技術を様々な用途に展開するような技術プラットフォームとして捉えると、非常にスケーラビリティが悪い技術となってしまう。
モビリティ分野に特化した高性能な教師無し学習というのはこうした問題を解決する1つの要素技術となる可能性がある。
Honda CIマイクロモビリティの発表
ホンダが発表したHelm.aiへの出資理由は以下のように述べられている。
Helm.aiは、2016年11月に設立されたAIソフトウェアのスタートアップ企業で、Hondaのグローバルなオープンイノベーションプログラム「Honda Xcelerator(ホンダ・エクセラレーター)」を通じて、2019年からコラボレーションを行っています。このたびのHelm.aiへの出資は、モビリティの知能化領域での価値創出を強化し、高い成果を迅速に生み出していくことを目的としています。これにより、両社の関係をさらに強化し、Helm.aiのAI技術とHondaの技術を融合した独自のソリューションの研究開発を加速させます。
Hondaプレスリリース(2022年1月)より引用
上記のように、出資の理由はやや漠然としており具体的には触れられていない。
しかし、ホンダはHelm.ai社とのコラボレーションは、いわゆる乗用車の自動運転技術、というだけなく非常に幅広い可能性として捉えているのではないかと考えられる。
ホンダは2022年11月に、Honda CIマイクロモビリティを発表した。
ホンダ独自のAI、協調人工知能「Honda CI(Cooperative Intelligence)」を活用したマイクロモビリティを開発する、というものである。
ホンダは自動運転L4においてはGM Cruiseと協業しており、GM Cruiseのロボタクシーを日本に導入しようとしている。そのため、上記のマイクロモビリティのような、今後出て来る新しいモビリティにおいて、Helm.aiのような新しい技術が使われる可能性の方が高いように見える。
マイクロモビリティでは、ロボタクシーのような重くて冗長なシステムよりも、軽くてシンプルなシステムが指向されており、Honda CIも高精度地図に頼らないモビリティ、と紹介されている。
モビリティ分野に特化した深層学習ベースの教師無し学習技術は、将来的にこうしたシステムを実現する重要な1つの要素技術になる可能性があるだろう。
Helm.aiの今後の展開は?
話をHelm.aiに戻し、同社の今後についてみていこう。
同社は、前述のホンダに限らず、さまざまな企業や投資機関などから資金提供を受けている。直近では2022年12月に、同社がシリーズCの資金調達で3,100万ドルを調達したことを発表している。
このラウンドでの資金調達では、ベンチャーキャピタル企業のほか、ホンダやGoodyear Ventures、Sungwoo Hitechからの戦略的な投資が含まれているという。Helm.aiがこれまでに調達した資金の総額は7,800万ドルにのぼり、同社の将来に対する期待の高さがうかがえる。
同社はこれら獲得した資金を、研究開発、自動運転技術の製品化に使用し、自動車およびロボット工学分野の顧客およびパートナーとの商業的関与をさらに実行していくと述べている。
AIの要素技術として直近シリーズCまで進んだというのは、なにがしかのアプリケーションで実装が始まることが期待される。今後の同社の発表から、まずはどのような分野から実際に商業化しそうなのか、注視していく必要があるだろう。
まとめ
Helm.aiは、独自の技術アプローチで自動運転技術をさらに一段上のレベルに進化させる企業として注目される。
特に教師なし学習は、従来の教師あり学習によるAIトレーニングの手法ではコストや作業労力の観点で限界とされる課題を解決することができ、その教師なし学習の進化版ともいえるディープティーチングによるアプローチにより、人手によるラベル付けなどでは達成できないより高精度な知覚を実現することができる。そして、これらの技術開発を、より短期間で実現できる点も大きなメリットである。
自動運転L4(ロボタクシー)だけでなく、マイクロモビリティや低速ロボット領域まで、幅広く影響を与える可能性もあり、今後の技術開発の進展に注目である。
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