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人工筋肉の進化と実例|ロボットのための筋肉はどのようなものか

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人間は筋肉の収縮によって関節が動き、さまざまな運動を行うことができる。

では、人の動きを代替するロボットの筋肉はどのようなものだろうか? 世界初の産業用ロボットにとっての筋肉は、「油圧駆動シリンダー」であった。現在では小型化し扱いやすさに長ける「電動モータ+減速機」がロボットの駆動源の主流となっている。

そして近年、油圧でもモータでもない新しいロボットの筋肉に当たる技術として「人工筋肉」が注目されている。

この記事では、人工筋肉の定義と構成を紹介し、人工筋肉のロボットの応用が期待されている理由、人工筋肉の研究開発事例について詳しく解説する。

人工筋肉の定義と構成|McKibben型とDEA

人工筋肉は、生物の筋肉のように柔軟性を持ち、電気や化学反応などの入力を受けて収縮・膨張する動力機構である。

人工筋肉にはいくつかの種類があるものの、ここでは具体的な構成例として「McKibben型人工筋肉」と「誘電エラストマ人工筋肉」の2種類を紹介する。

McKibben型人工筋肉

McKibben型人工筋肉は、1960年前後にアメリカのJoseph McKibbenによって考案されたものだ。

McKibben型人工筋肉は、中心部にゴム製の筒状のチューブがあり、その周りに網目状のスリーブで覆われている構造となっている。

内部のチューブに空気や水などの流体を送り込むと、チューブは膨らみ、結果としてチューブは収縮する。この動きは人間の筋肉が収縮する動きと似ているため、ロボットの関節を動かすのに応用できる。

https://www.youtube.com/watch?v=POMJHLx8OVc&t=50s

誘電エラストマ人工筋肉

誘電エラストマ人工筋肉(Dielectric Elastomer Actuator、以下DEA)は、誘電エラストマを材料とする人工筋肉である。誘電エラストマは、電場によって大きくひずむ特性を持つ高分子である。

DEAは、柔軟で伸縮性のある誘電エラストマが、二つの電極の間に挟まれて構成されている。

電極に電圧をかけると、その結果生じる静電力により誘電エラストマが変形する。具体的には、厚み方向に収縮し、面積方向に拡大する。DEAはこの厚み方向の収縮をロボットの動力源として応用する。

なぜ人工筋肉がロボットの応用に期待されているのか

人工筋肉は、「軽量である」「柔軟性が高い」「静音性が高い」という特徴を持っている。これは、従来のロボットの動力源である「電動モータ+減速機」にないメリットだ。

人工筋肉の特徴1:軽量である

人工筋肉はモータに比べて軽量であるため、ロボット自体の重量を軽減することが可能である。

例えば、McKibben型人工筋肉では、バナナ1本分の質量の人工筋肉で30kgの重さの物体を持ち上げることができる。軽量であることは、ロボットを駆動するためのエネルギーを削減できる、持ち運びがしやすくなるなど多くのメリットがある。

人工筋肉の特徴2:柔軟性が高い

ロボットはもともと機械的で硬直した動きしかできなかったが、これは「電動モータ+減速機」の組み合わせで構成される関節の剛性が高いことに起因している。

人工筋肉は、動作中でも人の手で曲げることができるくらいの柔軟性がある。この特徴によって、人間のように柔軟な動きができ、万が一人と接触した場合でも大きな事故を防げる。

人工筋肉の特徴3:静音性が高い

人工筋肉は、その動作原理からモータと比べて静音性に優れている。

従来のロボットでは、モータの電磁力に起因する音や、減速機構の歯車による相応量の音が発生する。一方、人工筋肉は柔軟な材料が直接収縮・膨張するため、駆動時の音が小さい。

そのため、人工筋肉は音の発生が問題となる環境での利用に適している。

人工筋肉のロボットへの応用例:アシストスーツ

前述した人工筋肉の特徴を活かして、人の動作をサポートするアシストスーツへの活用が期待されている。

人工筋肉が人間と同じように柔らかく静かに動くことで、アシストスーツの装着者は大きな違和感を持たずに高齢者や障がい者の生活の支援を行える。

参考記事:人と機械を融合する「サイバネティクス技術」応用の実例と日米のスタートアップ

人工筋肉の研究開発事例

人工筋肉はロボットの新しい動力源として注目されているが、大規模な商用化には至っておらず、多くが研究・開発の段階にある。ここでは、人工筋肉を開発する企業と研究者グループを紹介する。

  1. Clone Hand:Clone Robotics/ポーランド スタートアップ、2024年内にアンドロイドを発売予定
  2. ラバーアクチュエーター:ブリヂストン/日本 モビリティへの応用を示唆
  3. HASEL actuators:Keplinger Research Group/米国 円形の人工筋肉
  4. Cavatappi artificial muscles:Dynamic Active Systems Laboratory/米国 ロボット、アシストスーツへの活用を検討

Clone Hand:Clone Robotics/ポーランド

ポーランドに拠点を置くClone Roboticsは、低コストで人体を模したアンドロイドの開発にチャレンジしているスタートアップである。

同社の成り立ちについてオフィシャルサイトで確認すると、設立は2014年。1年目の時点で0.6m$の資金調達をしたという。

現在、CEOを務めているDhanush Radhakrishnan氏はニューヨーク大学卒業後、VC勤務を経て2020年、同社にジョイン(ただし、共同創業者でもある)。技術的には機械学習分野を担っていると見られる。

同社が開発しているClone Handは、人間の手を模擬したロボットハンドである。アクチュエータは水圧駆動のMcKibben型人工筋肉だ。

骨に相当するリンクの材料は、再利用可能な材料を使っている。これによる製造コストの抑制を、同社は訴求している。

Clone Handは改良を繰り返し、「v18」が2023年に発表された。

また、同社はClone Torsoという人型アンドロイドも開発中で、オフィシャルサイト2では開発中の上半身のヒューマノイドロボットが掲載されている。

これらは2024年内に発売予定だ。

https://www.youtube.com/watch?v=A4Gp8oQey5M

ラバーアクチュエーター:ブリヂストン/日本

ブリヂストンは、日本を代表するタイヤメーカーである。タイヤ事業をコアとしつつ、工業用資材、スポーツ用品などの事業の多角化に取り組んでいる。

同社は新規事業の一環としてソフトロボティクス事業に挑戦しており、コアコンピタンスであるゴム関連の技術を活用した人工筋肉を開発している。名称は「ラバーアクチュエータ―」だ。

ラバーアクチュエータ―の方式は、McKibben型人工筋肉を採用している。以下にラバーアクチュエーターの技術紹介映像を紹介する。McKibben型人工筋肉の特徴・メリットが技術的な観点から述べられている。

https://www.youtube.com/watch?v=UMFfsik-3oI

同社はラバーアクチュエーターによって、「安心・安全なヒト・モノの移動と動きを支える社会の実現に貢献」しようと試みている。

HASEL actuators:Keplinger Research Group/米国

Keplinger Research Groupは米コロラド大学の研究グループである。彼らはHASEL actuatorと呼ばれる人工筋肉の研究を行っている。

HASEL actuatorの構造は、円盤形状の袋に液体誘電体が入っており、中央に電極を配置。電圧印加時に、この電極が静電力によって引き付けられて、中央部が収縮する。液体は周辺部に押し出されることで、周辺部の厚みが増す。一連の動きにより、電圧印加時にアクチュエータが伸びる仕組みだ。

HASEL actuatorの動作原理は以下の動画で解説されているので、あわせて参照いただきたい。

https://www.youtube.com/watch?v=M4qcvTeN8k0&t=18s

Cavatappi artificial muscles:Dynamic Active Systems Laboratory/米国

Dynamic Active Systems Laboratoryは米ノーザンアリゾナ大学の研究グループである。彼らはCavatappi artificial musclesと呼ばれる人工筋肉の研究を行っている。

Cavatappi artificial musclesは、らせん状のポリマーチューブで構成されている。液体を加圧することで、ポリマーチューブは軸方向に縮み、半径方向に膨張する。

らせん状のチューブの見た目がイタリアのパスタに似ていることから、「カヴァタッピ(Cavatappi)人工筋肉」と名付けられた。

カヴァタッピ人工筋肉の動作原理は以下の動画で解説されているので、あわせて参照のこと。

https://www.youtube.com/watch?v=MpCFumHFZvU

本研究グループのエンジニアは、この技術が歩行ロボットや外骨格アシストスーツなどのソフトロボティクスに応用できると考えている3

人工筋肉の発展がロボットの商用化に結び付く

今回は、人工筋肉がどのように構成されているか、想定される用途、人工筋肉の研究開発事例について解説した。

人工筋肉は、軽量性、柔軟性、静音性といった特性によってロボットの動力源として大きな可能性を秘めている。さらに人工筋肉の応用例として、人に装着して作業をアシストするアシストスーツへの活用も期待される。

人工筋肉を商用化するために乗り越えるべき課題はいくつか存在する。例えば耐久性、コスト、製造技術が挙げられる。

今後も研究が進み、各種の課題が克服されると、人工筋肉を用いたロボットは、私たちの生活をさらに豊かにする存在になるだろう。今後のロボットへの応用事例、商用化の試みに注目したい。


参考文献:

※1:細径 McKibben 型人工筋の開発と用途開拓, 脇元修一(リンク

※2:マッスルスーツ, 小林宏(リンク

※3:進化する誘電エラストマー人工筋肉, 千葉正毅・和氣美紀夫・和田大志(リンク

※4:Clone Robotics(リンク

※5:Dhanush Radhakrishnan, LinkedIn(リンク

※6:“いい感じ“にモノをつかむソフトロボティクス, ブリヂストン(リンク

※7:ブリヂストンがロボの手足になる人工筋肉を開発した!, ニュースイッチ(リンク

※8:HASEL Artificial Muscles for a New Generation of Lifelike Robots—Recent Progress and Future Opportunities, Christoph Keplinger他(リンク

※9:NAU mechanical engineers develop new high-performance artificial muscle technology, The NAU Review(リンク


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  • 記事・コンテンツ監修
    小林 大三

    アドバンスドテクノロジーX株式会社 代表取締役

    野村総合研究所で大手製造業向けの戦略コンサルティングに携わった後、技術マッチングベンチャーのLinkersでの事業開発やマネジメントに従事。オープンイノベーション研究所を立ち上げ、製造業の先端技術・ディープテクノロジーにおける技術調査や技術評価・ベンチャー探索、新規事業の戦略策定支援を専門とする。数多くの欧・米・イスラエル・中国のベンチャー技術調査経験があり、シリコンバレー駐在拠点の支援や企画や新規事業部門の支援多数。企業内でのオープンイノベーション講演会は数十回にも渡り実施。

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