スペースデブリの除去技術|技術の進化と企業の動向
衛星軌道上に存在する「スペースデブリ」は増加の一途を辿り、宇宙利用の妨げとなっている。本稿ではスペースデブリ問題の対策と今後の展望を紹介する。
スペースデブリとはどのような問題か?
スペースデブリは有意な目的なく衛星軌道を漂う人工物を指す。日本語では「宇宙ごみ」と呼ばれる。老朽化した人工衛星や切り離した多段ロケットの破片など、その種類は多岐に渡り、サイズもさまざまだ。
人工物が地球の重力に引かれて落下すれば、圧縮された大気の熱によって燃え尽きる。そうならずに何年も衛星軌道に留まるのは、地球の重力と釣り合うほどの高速で移動しているためだ。
低軌道(高度 300-450km)のデブリは、約8km/s(地球1周に約1時間半の速さ)で地球を周回しており、直径数cmのデブリであっても人工衛星や有人の宇宙船の機能を停止させるのに十分な運動エネルギーを持っている。
近年の宇宙開発競争によりデブリは急速に増加した。特に高度650km以下の低軌道で著しい増加が見られる。
欧州宇宙機関(ESA)によれば、2024年6月時点で、サイズが10センチメートルを超えるデブリは 4万500個、1〜10センチメートルのデブリは 110万個、1ミリメートル〜1センチメートルのデブリは 1億3000万個と推計される。
従来より行われてきたSSA
宇宙は広大だ。しかし、「宇宙」の範囲を地球の低軌道領域に限定すれば、スペースデブリの物理的大きさは人工衛星のサイズを無視できるほどではない。
スペースデブリとの衝突による甚大な被害があったことも、過去に報告されている。こうした被害を防ぐため、これまではデブリの観測と追跡に注力されてきた。スペースデブリは慣性運動を続けているため、位置と速度を一度観測できれば、その後の運動を予測できる。
デブリや人工衛星、小惑星を含めた地球軌道上のあらゆる物体を観測することは安全な宇宙利用の基盤となる。これらの観測やそこから得られたデータの整理、リスト化などを宇宙状況把握(SSA。Space Situational Awareness)と呼ぶ。
SSAに関しては、経産省の委託業務としてアストロスケール(Astroscale)が2020年にまとめた報告書において、SSAのプロセスやビジネスモデル、主要なプレーヤー、国際的ガイドライン、将来の展望などが日本語で詳しくまとめられている。
現在いくつかの民間企業や政府機関が観測して得られたデータは、北米航空宇宙防衛司令部(NORAD)の宇宙監視ネットワーク(SSN。Space Surveillance Network)、ロシアの宇宙監視システム(RSSS。Russian Space Surveillance System)などでカタログ化されている。こうしたデータは、例えばSpace-Track.orgにより衛星所有者や学術関係者が利用できるようになっており、安全な衛星の運用に寄与している。
過去の実証実験2例
増え続けるスペースデブリに対して、能動的にこれを除去し、継続して数を減らしていく事業は未だ実現していない。高速に運動するスペースデブリに接近・干渉することは危険を伴い、高度な技術と多大なリソースが求められるためだ。
現在はさまざまな宇宙機関や企業が実証実験を進めており、どのような方法が最適かを模索している。それらの中には既に終了した実験もある。
RemoveDEBRIS
RemoveDEBRISは、英サリー宇宙センターが主導したデブリ回収実証実験プロジェクトだ。Airbus GroupやCSEM(スイスのエレクトロニクス研究所)、フランス国立情報学自動制御研究所(Inria)などの研究機関がコンソーシアムに参加している。
本プロジェクトでは、サリー・サテライト・テクノロジーという企業が製造した衛星を用い、4段階の実証実験が行われた。実験の概要と結果は以下の通り。
- 第1フェーズ
事前に配置された疑似デブリを網状構造物で捕獲する実験。捕獲した疑似デブリを大気圏に落下させることに成功した。 - 第2フェーズ
光学的に対象を観測する実験。接近対象からの応答がない非協力的なランデブーを想定したデータ収集を目的とする。衛星本体から切り離された小型衛星がLiDARと光学カメラ双方で衛星本体や地球の画像を連続的に撮影し、データを送信することに成功した。 - 第3フェーズ
アンカーを射出し、ターゲットを捕捉する実験。事前に投下された 4.3キログラムの疑似デブリターゲットに対し、相対速度 20m/sのアンカーを射出し、ターゲットを捉えることに成功した。 - 第4フェーズ
減速して大気圏に落下するために、帆を展開する実験。信号が送信された後も帆は展開されず、減速できなかった。
帆による減速ができなかったものの、他の実験は成功に結び付いており商業的なデバイスの開発が可能と判断できる点から、本実験の報告書ではおおむね成功したと結論付けている。
ELSA-d
Astroscaleは電磁石によるドッキング装置を搭載した衛星を用いて疑似デブリを回収する実証実験を2024年1月に完了した。実験に用いられたELSA-d(エルサディー。End-of-Life Services by Astroscale-demonstration)衛星は3年半後に大気圏に再突入する予定となっている。
回収ターゲットとなった疑似デブリは約17キログラムでドッキング用の磁性体を備えている。つまり、ELSA-d実験で実証された方法は、回収用の磁性マーカーが存在する対象に限定されるものだ。
将来的に、回収用磁性マーカーが多くの人工衛星に標準装備されるようになれば、本技術を用いた衛星の回収が可能となる。Astroscale社では、事前に磁性マーカーを装備することで回収を容易にするサービスの実用化を進めている。
Astroscaleが公開しているELSA-d出荷の模様(動画)
検討が進められる対策&実証試験
ここからは現在検討が進められ、実証実験を控える技術や取り組みを紹介する。
CRD2:実デブリの観測と除去実証
RemoveDEBRISやELSA-dによる実証実験で回収対象とされたのは、いずれも意図して軌道に投入された模擬ターゲットであり、実際のデブリを回収した例はまだない。これに対し、Commercial Removal of Debris Demonstration(CRD2。商業デブリ除去実証)は、世界初の実デブリ回収を目指す。
CRD2はJAXAが主導し、Astroscale社と共同で実験を進めている。実デブリの回収とともに、その後の商用展開も目指した実験だ。
CRD2は第1フェーズで実デブリに接近して観測を行い、第2フェーズで実際にデブリを捕獲し、軌道を離脱して除去する。
第1フェーズは2024年4月に無事終了し、捕獲対象となる日本のロケット上段(全長約11メートル、直径約4メートル、重量約3トン)の後方約50メートルまで接近して撮影することに成功した。
第2フェーズも引き続きAstroscale社が契約相手として選定されている。現在、第2フェーズで使用する衛星を開発中だ。
ClearSpace-1
CRD2と同様、実デブリの除去を目指した実証実験として、ESAは ClearSpace-1ミッションを推進している。
2013年に打ち上げられた上段ロケット(112キログラム)を回収し、大気圏への再突入を目指すもので、2026年に衛星の打ち上げを予定している。
ClearSpace-1の紹介動画
理化学研究所:レーザーによる除去技術の開発
理化学研究所(理研)はレーザー技術を用いて軌道上のデブリを除去する方法について検討を進めてきた。
2015年には、エコール・ポリテニーク(フランスのグランゼコール)、パリ第7大学、トリノ大学、カリフォルニア大学アーバイン校との共同研究で、高強度レーザー照射によるデブリ除去技術を開発し、成果を論文として発表した。
本技術は、高強度のレーザーを対象に照射して表面をプラズマ化させ(レーザーアブレーション)、このときに噴出するプラズマの反作用によって対象を動かす。望遠鏡やLiDAR技術を用いて物体の位置を正確に検出し、理論上は100キロメートル以上離れた位置から物体を動かせることを示した。
2020年には、スカパーJSAT株式会社、名古屋大学、九州大学らと連携し、デブリ除去のための衛星の設計・開発に着手することを発表した。
2024年1月にはスカパーJSATの社内発スタートアップとして、Orbital Lasersが設立。理研、JAXA、名古屋大学、九州大学らと協力し、2026年にサービス提供開始を目指す。
Orbital Lasersの企業紹介動画
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