「てんかん×ウエアラブル」が拓く患者と家族の未来。研究事例と実用化されたデバイスを紹介
脳機能障害から認知や身体機能に乱れが生じる「てんかん」は、薬物投与によって多くの患者が症状を緩和できるものの、中には薬が効かない難治性のてんかんも存在し、根本的に取り除くのは難しい場合がある。ウエアラブルデバイスは既存のてんかん治療とは異なるアプローチで患者の身体や精神を守り、介護者の負担を軽減することに期待が集まる。
本稿ではウエアラブルデバイスを用いたてんかん治療の事例について紹介する。
てんかんとはどのような疾患なのか?人口の10%が1度は症状を経験
てんかんとは、てんかん発作と呼ばれる症状を引き起こす脳の慢性疾患だ。
てんかん発作の症状としては、運動機能障害(手足や顔がつっぱる、けいれんするなど)、視聴覚の異常(輝く点が見える、音が響くなど)、自律神経の異常(頭痛や吐き気を催すなど)、意識障害(意識を失う、辺りをフラフラと歩き回るなど)がある。
てんかんは脳波の異常によって引き起こされ、この脳波の出る場所や範囲によって発作の症状や程度もさまざまだ。出生時のトラブルや事故などによる脳へのダメージが発症の原因となる場合もあるが、原因不明のものも少なくない。
生涯を通じて1度でもてんかん発作を経験する人は人口の10%ほど、てんかん患者と診断される人は人口の1%ほどと言われており、軽度のてんかんは見過ごされることもある。
また、発症率は小児であるほど高い。一方、50代で発症率が最低となり、高齢になると再び増加する。子どもの頃にてんかんであった人も成人することで発作が起きなくなる場合もある。
てんかんは適切な投薬によって症状を抑制できる場合が多い。てんかん患者の70~80%は薬によって症状をコントロールでき、特発性(神経学的検査で異常が見つからず、脳に損傷も見られない場合)のてんかんであればその割合はさらに高くなる。
てんかん×ウエアラブル事例
ウエアラブルデバイスは、身体に装着する、服のように違和感なく装着できる電子機器を指し、代表的なものとしてアップルウォッチが挙げられる。
ウエアラブルデバイスは装着者の身体を常時モニタリングでき、てんかんの発見やてんかん発作に付随した事故の防止にもつなげられる。以下でその事例を紹介する。
Silicon Labs:小児におけるてんかんの診断
てんかんと診断されるには、患者本人による症状の説明が大きなファクターを占める。しかし、てんかん発症率が最も高いのは小児だ。自身の症状をうまく伝えられず、発作が起きた際に適切な対処ができないままに事故につながる危険がある。
加えて、小児に頻発する熱性けいれん(発熱による病気で、意識障害やけいれんといった症状がある)と見分けがつきにくい。
こうした背景から、Silicon Labsでは小児が負担なく装着できるてんかん診断のためのウエアラブルデバイス、および関連する診断システムの開発を進めている。発汗、体温、心拍などをモニタリング、データ収集し、使いやすく信頼性の高い診断を目指す。
なお、Silicon Labsの概要は以下の通り。
Silicon Labs
- 設立年:1996年
- 拠点国:米国
- 資金調達フェーズ:NASDAQ上場
Empatica:発作の検知・介護者への伝達
重篤なてんかんの場合、その発作は数分間に渡って呼吸困難などを引き起こす。介護者は常に患者に寄り添い、発作に対応しなければならないが、これは介護者への負担が大きい。
マサチューセッツ工科大学(MIT)のスピンオフであるEmpaticaが開発したembrace2はこうしたてんかん患者の介護における負担軽減を目的として作られたウエアラブルデバイスだ。てんかん発作が起きた際には、迅速に介護者が持つスマートフォンアプリへ警告を行う。
embrace2は、手首に装着するタイプのウエアラブルデバイス(つまり腕時計型の端末)で、皮膚電位計、温度計、加速度計、ジャイロスコープによって患者の状態を把握する。13グラムと軽量ながら防水加工を施し、48時間以上の連続駆動が可能だ。同製品は2018年に米食品医薬品局(FDA)認証を受け、高い信頼性を有す。
Empaticaについても、企業概要を以下の通り取り上げる。
Empatica
- 設立年:2011年
- 拠点国:米国
- 資金調達フェーズ:シリーズB
- 資金調達総額:$33.7m(約54億円)
日本国内の研究機関:心拍解析による発作の予知
東京医科歯科大学、京都大学、熊本大学、国立精神・神経医療研究センターなどは、ウエアラブルデバイスを用いて測定した心拍変動の解析から、てんかん発作の予兆を検知し、事前に発作が起きることを使用者に伝えるシステムの開発を目指す。
基盤研究は2017年に終了し、2019年には患者7名に対する臨床試験の結果が報告された。
実装試験では、感度86%、誤検出率0.6%であり、心電図電極貼付部位のかゆみや発赤が散見されたが、不快感や拘束感の訴えは少なかったという。
てんかんは脳の疾患であることから、予兆検知精度が最も高いのは脳波計測であると言われている。ただし、脳波計測は通常高価な測定機器が必要で、そもそも機器を装着する側面から常時計測は患者の負担が大きい。
本研究では比較的患者の負担が少ない心拍計測に機械学習を組み合わせることで、脳波計測と同程度の精度を実現できた。
人類の生活の変化からも要求されるウエラブルデバイスによるてんかんへの対策
てんかんは、場合によっては命を脅かすリスクがありながら、発症率で言えばそれほど珍しい疾患ではない。にもかかわらず、発作を通知する、予知する仕組みが発展していなかったのは、大家族世帯の存在、職場に赴きそこで働くといった、自分(患者)以外の人間も誰かがいるという生活様式が背景の一つにあったと考えられる。
しかし、リモートワークやパラレルワークといった働き方が生まれ、DINKS世帯などが珍しくなくなった今、てんかんの発作を機械的に知らせる仕組みの要求は従来以上に高まった。今後、学術面でもビジネス面でも成長していく分野と考えられる。
参考文献:
※1:てんかんとは、どんな病気?, てんかんinfo(リンク)
※2:てんかんについて, 日本てんかん協会(リンク)
※3:ポータブル医療機器によるてんかん対策の見直し, Silicon Labs(リンク)
※4:embrace2, Empatica(リンク)
※5:ウェアラブルHRVセンサを用いたてんかん発作兆候検知システムの開発, KAKEN: 科学研究費助成事業データベース(リンク)
※6:ウェアラブルシステムを用いたてんかん発作予知技術の臨床研究, 宮島美穂, J-STAGE(リンク)
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