特集記事

GaNパワーデバイスの成長性とスタートアップ

INDEX目次

EV、スマートグリッド、高速通信などを支えるパワー半導体デバイスには、シリコンカーバイド(SiC)以外にも様々な材料が候補に挙がっている。その中でSiCの次に市場を席巻すると考えられる材料がガリウムナイトライド(GaN、窒化ガリウム)だ。本稿ではGaNを中心として、新規材料によるパワーデバイス開発に取り組むスタートアップを紹介する。

GaN市場はまだ萌芽期だが注目される

海外のマーケットリサーチ会社Straits Researchの調べによると、2021年のGaNパワーデバイス世界市場規模は178.2m$としており、2030年には2.7b$に到達と予測。また、同じく2030年までの年平均成長率は35.80%と予想している。

一方、Fact.MR社はSiCとGaNを合わせたパワーデバイスの市場規模は2022年に884m$であったのが、2032年には6.9b$を超えると予測。年平均成長率は22.9%と見積もった。内訳はわからないが、多くはSiCと想定される。

そのため、GaNはあと5-6年で一気に数千億円市場へ成長することが期待されているということになる。ただし、先にSiCが本格的な量産体制に入っており、GaNの用途は当初はややニッチな用途に限定される可能性がある点は要注意である。

また、この領域には大手企業もベンチャー企業も技術開発を行っている。

たとえばTexas Instrumentsはソーラー・インバータや産業用モーター・ドライブ、充電器など幅広い領域をカバーする。ロームは、スイッチング性能というGaNパワーデバイスの特徴に主眼を置いたプロダクト開発が見られる。Infineonに買収されたGaN Systemsは後述するようにEV用途に力を入れており、より具体的な用途としてコンバータや車載用充電器での利用を見据えている。

Infineon や ON Semiconductorは当然GaNだけでなく、SiCにも力を入れている。また、後述するNavitasは元々GaNパワーデバイスのサプライヤーだが、SiCパワーデバイスの設計を行うスタートアップであったGeneSiC SEMICONDUCTORを2022年に買収したことで、両方の領域に進出している。

現在、SiCは市場に流通し始めている。大手EVメーカーはSiCパワーデバイスサプライヤーと提携し、EVにSiCを組み込みつつある。詳しくは、SiC市場についてまとめた記事で取り上げている。

参考記事:SiCパワー半導体×スタートアップの動向

GaNは結晶基盤を作るのに技術的な難しさがあるため供給量や低コスト化に課題が残るものの、小型のパワー制御モジュールにより、従来のシステムを置き変えつつある。現在、量産体制の構築途上にあり、PC用充電器など一部分野では既に利用が始まった。

米・カナダ・アジアのGaNスタートアップ

ここからはGaNを用いたパワーデバイス関連スタートアップを紹介する。

当社調べにより作成、資金調達額はcrunchbaseより

Navitas|IPO後も含め300m$超を調達

Navitasは2014年に設立されたGaNパワーICメーカーだ。パワーデバイスのビジネスは、MOSFETやIGBTなどのディスクリートデバイスを販売する形と、それらを組み合わせたパワーIC(モジュール)を販売する形とがあるが、Navitasは特に後者について優位性を持つ。

台湾のTSMCなどからGaNウェーハを仕入れ、DellやLenovoを主要な取引先とする。同社が開発したパワーICチップ、GaNFastは従来のパワー制御モジュールと比較して大幅なサイズの縮小に成功し、PCやスマホ用充電器として多数採用された。2021年には、TrendForceの調査で市場シェアトップとなっており、さらにNASDAQ上場を果たしている。上場までの約5年間で47.1m$、IPO後の調達も含めれば300m$以上を記録している。

Navitasの急成長を支えたのは2人の共同創設者だ。

Dan KinzerはInternational Rectifier(Infineonに3B$で売却)のR&D副社長兼主任技術者を務め、Fairchild Semiconductor(Onsemiに2.4B$で売却)で最高技術責任者を務めた経験から、ICデザインや製造プロセス設計に詳しい。

Gene Sheridanはベンチャーキャピタルが支援する半導体新興企業BridgeCoのCEOを務め、そこでワイヤレスオーディオ市場での市場シェアを80%獲得した。International Rectifierでは副社長兼ゼネラルマネージャーを務めている。

2023年9月には、データセンター、太陽光発電、エネルギー貯蔵、EVなど要求の厳しい高出力アプリケーション向けの新たなパワーIC、GaNSafeを発表している。

IVWorks|機械学習を用いたエピタキシャル成長制御技術

IVWorksは2011年設立の韓国スタートアップで、GaNエピタキシャルウェーハを製造・販売している。

2019年12月にはシリーズB資金調達ラウンドで6.7m$、2021年11月にはシリーズC資金調達ラウンドで17.4m$、2022年にはシリーズDで7.6m$を調達した。シリーズDの調達額が少なかったことがやや気になるが、順調に資金調達を重ねているように見える。

特徴は機械学習を利用したエピタキシャル成長制御技術だ。IVWorksでは、RHEED(電子線回折測定の一種)パターン、成長条件、エピウェーハの品質結果を統合したデータセットの妥当性と相関関係を学習することで、予測モデルを作成する。この予測モデルをエピウェーハ製造に適用して、生産性を最大化した。

この分野ではIntelliEPIと提携し、技術開発を協力して進めている。

IVWorksの企業紹介動画(韓国語)

https://www.youtube.com/watch?v=ZbtGMvs-Oso

Ancora Semiconductor Inc.|デルタ電子発のスタートアップ

Ancora SemiconductorはGaNパワーモジュール開発を目的とし、2022年に設立。2010年頃から稼動している台湾のDelta Electronics(デルタ電子、台達電子工業股份)社内の研究グループが基盤となっており、同社の子会社として誕生した。

既に200以上の関連特許を取得。Deltaは電源やトランスシステムに関する国際的なリーディング企業であり、AncoraのGaN事業もDeltaの事業展開を支えるものとなることが予想される。

設立に際してはローム(日)、Sino-American Silicon(米)、UPI Semiconductors(台湾)などのパワーデバイス製造大手企業も出資している。

GaN Systems|EV向けに注力

GaN Systemsは2008年に設立されたパワーデバイスメーカーで、カナダ・トロントに本社を置く。2021年11月にはEV市場への参入を目的として資金を調達し、150m$を獲得した。

GaN SystemsはTSMCからウェーハを調達し、チップ生産を行ってきた。トヨタやBMWも出資しており、これらEVメーカーに対し継続的にGaNパワーチップを供給する契約を交わしている。

ロイターの取材に対して、CEOのJim Witham氏は「GaNは従来のシリコンベースのパワーチップと比較して電力損失を4倍削減することができる」、「自動車、EVの分野で大きな動きがあり、今こそ急速な成長を最大限に活用し、市場シェアを奪い取る時だ」と述べた。

その後、2023年にGaN SystemsはInfineonから830m$で買収された。

FLOSFIA|「ミストドライ法」による量産化を目指す

FLOSFIAは京都大学発のスタートアップで、α酸化ガリウム(α-Ga2O3)のパワーデバイス応用を目指す。

独自の製膜法である「ミストドライ法」は、サファイア基板上にα酸化ガリウムによるデバイスを直接製作できるため、低コスト化と量産が容易になるという。

α酸化ガリウムではp型特性の発現(真性半導体へのホウ素やインジウムの添加)ができないという課題があったが、2023年3月の発表によれば、α酸化ガリウムと組み合わせて用いるp型半導体の製膜にも成功し、量産化に向けた課題を順調に乗り越えつつある。

SiCの台頭でGaNは当面ニッチに

前述の通り、GaNパワー半導体には量産面での課題が残るものの、徐々に技術開発は進んでいる。ただし、当初多くの人が想定していたようにGaNの実用化が進んでいるわけではなく、技術開発を行う中で壁にぶつかる部分も多々あるようだ。その間にSiCはウェハ基板の大口径化が進み、現在の最先端は8インチの量産化まで来ている。

GaNのパワーデバイスにおけるポテンシャルは変わらないが、SiCの台頭もあり、どこまでGaNがボリュームの出る市場で戦えるかは現時点では不透明である。


参考文献:

※1:GaN Power Device Market, straits research(リンク

※2:SiC & GaN Power Semiconductor Market, Fact.MR(リンク

※3:半導体エネルギー, 窒化ガリウムパワーICの業界リーダー, GeneSiC Semiconductorの買収を発表, 炭化ケイ素のパイオニア, GeneSiC SEMICONDUCTOR(リンク

※4:Navitas(リンク

※5:GaNパワーデバイスの世界ランキング、トップはNavitas社, semiconportal(リンク

※6:Navitas GaNSafe™: World’s Most Protected GaN Power Semiconductor Opens Multi-Billion Dollar Data Center, Solar and EV Opportunities, Nasdaq(リンク

※7:IVWorks(リンク

※8:GaN epi startup IVWorks raises $17.4m in Series C round, semiconductorTODAY(リンク

※9:IVWorks and IntelliEPI partner on MBE-grown GaN epi, semiconductorTODAY(リンク

※10:ANCORA(リンク

※11:デルタ電子のGaNパワー半導体関連会社にロームが出資、電源開発を支援, TECH+(リンク

※12:GaN Systems(リンク

※13:Canada’s power chip maker GaN Systems raises $150 mln, pushes on electric car market, REUTERS(リンク

※14:InfineonがGaN Systems買収完了、GaNパワー半導体の特許や開発人員強化, 日経クロステック(リンク

※15:FLOSFIA(リンク

※16:訪れた「酸化ガリウム時代の幕開け」 FLOSFIA社長, EE Times Japan(リンク

※17:JSRと京大発ベンチャーがα酸化ガリウム向けp型材料、MOSFETなど量産に道, 日経クロステック(リンク


【世界の半導体の技術動向調査やコンサルティングに興味がある方】

世界の半導体の技術動向調査や、ロングリスト調査、大学研究機関も含めた先進的な技術の研究動向ベンチマーク、市場調査、参入戦略立案などに興味がある方はこちら。

先端技術調査・コンサルティングサービスの詳細はこちら

  • 記事・コンテンツ監修
    小林 大三

    アドバンスドテクノロジーX株式会社 代表取締役

    野村総合研究所で大手製造業向けの戦略コンサルティングに携わった後、技術マッチングベンチャーのLinkersでの事業開発やマネジメントに従事。オープンイノベーション研究所を立ち上げ、製造業の先端技術・ディープテクノロジーにおける技術調査や技術評価・ベンチャー探索、新規事業の戦略策定支援を専門とする。数多くの欧・米・イスラエル・中国のベンチャー技術調査経験があり、シリコンバレー駐在拠点の支援や企画や新規事業部門の支援多数。企業内でのオープンイノベーション講演会は数十回にも渡り実施。

CONTACT

お問い合わせ・ご相談はこちら