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二酸化ゲルマニウム(GeO2)パワー半導体の現状と可能性

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二酸化ゲルマニウム(GeO2)は炭化ケイ素(SiC)や窒化ガリウム(GaN)に代わるパワー半導体材料として近年大きな注目を集める。本稿ではGeO2が持つ応用上のメリットを中心として、GeO2の特徴や今後予想される展開について紹介する。

参考記事:SiCパワー半導体×スタートアップの動向
参考記事:GaNパワーデバイスの成長性とスタートアップ

パワー半導体としての二酸化ゲルマニウム(GeO2)

半導体は電流のon/offを切り替える「門」のような役割を持つが、無制限に電流を堰き止められるわけではない。半導体に一定の電圧を加えると急激に抵抗が低下して電流が流れ始める。この現象を絶縁破壊と呼ぶ。

絶縁破壊に伴う大きな熱や衝撃は物理的な破壊を引き起こし、電流のon/offを制御する機能が失われてしまうこともある。絶縁破壊は半導体を扱う際に、常に注意が必要な問題だ。

どれだけ大きな電圧に耐えられるか(絶縁破壊耐圧)は、半導体の種類によって、さらに言えば、半導体のバンドギャップと呼ばれる物性値に依存する。

大きなバンドギャップを持つ半導体は高い絶縁破壊耐性を持ち、高電圧を印加しても壊れにくいため、大電力のスイッチングデバイスとしての研究開発が進められてきた。こうした半導体をパワー半導体と呼ぶ。

現在既に使われているパワー半導体にはSiCやGaNがある。それぞれのバンドギャップはSiCが3.3eV、GaNが3.4eVだ。スイッチング用途で最も広く用いられるシリコン(Si)のバンドギャップが1.1eVだが、Siと比較したGaNの絶縁耐圧は約10倍になる。

ただ、SiCやGaNで耐圧が不足する場面も多い。例えば、電気自動車以上に巨大なモビリティーである鉄道や、変電所等に用いる場合だ。絶縁耐圧はデバイスの厚みに比例するため、SiCを用いてデバイスを大型化するという選択肢もあるが、この場合には重量もコストも増加してしまう。

デバイスサイズを保ったまま更に大きな耐圧を確保するためには新たな材料が必要だ。より高耐圧なパワー半導体材料の候補としては、酸化ガリウム(Ga2O3)、窒化アルミニウムガリウム(AlGaN)、ダイヤモンドなどがある。いずれもSiCやGaNより大きなバンドギャップを持つ半導体材料だ。

これら新規材料が実用化に至らない理由は幾つかあるが、代表的なものとしては、基板やプロセスに掛かるコストが挙げられる。パワー半導体用途ではある程度の厚みを持つ均質な膜を作らなければならず、加えてコストの観点から大面積に製膜できることが望ましいが、これらを満たす実用的なプロセスの開発が不十分だ。新材料群に関しては各種課題を解決すべく研究が進められいる。

一方で、従来あまり注目されてこなかった新たな材料も登場している。中でもGeO2は、上述の材料群が抱えるような課題を一挙に解決できるポテンシャルを持つことが最近になって分かってきた。

GeO2のメリット

GeO2の特徴は、「pn両極で駆動できること」、及び「安価に製膜できること」にある。それぞれを取り上げる。

両極性伝導を実現可能

直流‐交流変換を行うインバーターには、CMOSと呼ばれる回路が用いられることが多い。このCMOSを作るには、n型(負の電荷である電子の移動によって電流を伝える)とp型(正の電荷である正孔によって電流を伝える)、それぞれで駆動するトランジスタが必要だ。

一般に、バンドギャップの大きな半導体は、pn両極で駆動することが難しい。これに対し、GeO2はpn両極で駆動可能という特異性を有す。

ミシガン大学の2020年の論文では、ルチル型のGeO2(バンドギャップ ~4.5eV)において、ドーピングによってpn両極での動作が可能であることを理論的に検証した。

GeO2でCMOSインバーターを作製できれば、消費電力が少ないというCMOSの特徴を活かし、高効率なパワーデバイスが実現できる。

安価な製膜を可能とするファントムSVD

立命館大学発のスタートアップであるPatentixらによる共同研究グループは、SiC基板上でGeO2薄膜を成長させることに世界で初めて成功した。

従来もGeO2薄膜を成長させた事例はあったものの、用いられる基板が高価であったり、複雑なプロセスを経るものであったりと多くの課題を抱えていた。

今回の成果に寄与した新たな製膜方法である Phantom Spatial Vaper Deposition(ファントム局所的気相成長法)は、ミストCVD法と比較しても安価であり、安全性も高いという。SiC基板上に製膜が可能となったことからコスト面で大きく有利になり、加えて、SiCの高い熱伝導性によって放熱も容易になると予想される。

PatentixはSi基板上にSiC薄膜を製膜し、その上にGeO2を製膜した(同社プレスリリースより)製品化への動き

SiC基板上へのGeO2薄膜成長を成功させたPatentixは、2022年12月に設立。GeO2の研究開発とデバイスの製造販売を目指す大学発スタートアップだ。

Patentixは、先端半導体の技術を集積し、経済安全保障を担う半導体の開発を推進する「琵琶湖半導体構想」を掲げる。京都府や滋賀県の支援の元、東レ、日電精密工業、アイシン、クオルテックなどが連携して研究開発を行う。

2024年5月には滋賀県立テクノファクトリー内の研究開発拠点を開所した。2027年には量産フェーズとしてGeO2半導体の製膜事業への参入を計画している。

琵琶湖半導体構想の今後のロードマップ(クオルテックのプレスリリースより)

GeO2半導体が事業化するための課題と期待

Patentixのウェブサイトでは、2インチ、4インチ、6インチのGeO2ウエハーを開発中だとしている。大口径化を実現できれば、1枚のウエハーから作られる半導体の数が増える、つまり歩留まりが向上し、コスト削減につながる。

実際、SiC半導体も大口径化が可能であるとの見込みが付き、電気自動車(EV)をはじめとした需要側の購買意欲を生み出すにつながった。こうした流れからSiC半導体は普及期に入りつつある。GeO2も供給の形がある程度、明らかになるだけでも、スピーディーな商業化に結び付く可能性は当然ある。


参考文献:
※1:化合物半導体 SiC、GaNとは?, サンケン電気(リンク
※2:Electron and hole mobility of rutile GeO2 from first principles: An ultrawide-bandgap semiconductor for power electronics, Emmanouil Kioupakis他, 『Applied Physics Letters』(リンク
※3:【世界初】PhantomSVD(ファントム局所的気相成長)法でSiCへの ルチル構造二酸化ゲルマニウム(r-GeO2)製膜に成功, Patentix(リンク
※4:GeO2 Thin Film Deposition on Graphene Oxide by the Hydrogen Peroxide Route: Evaluation for Lithium-Ion Battery Anode, Petr V. Prikhodchenko他, ACS Publications(リンク
※5:Pulsed laser deposition growth of ultra-wide bandgap GeO2 film and its optical properties, Qixin Guo他, 『Applied Physics Letters』(リンク
※6:株式会社アイシン、琵琶湖半導体構想(案)に参画, Patentix(リンク
※7:クオルテック、新規次世代半導体材料を使用するパワー半導体の早期実現に向けて研究開発拠点を開所, PR TIMES(プレスリリース)(リンク
※8:SiCパワーデバイスが2025年についに離陸、EVへの大量搭載が契機, 土屋丈太, 日経クロステック(リンク



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  • 記事・コンテンツ監修
    小林 大三

    アドバンスドテクノロジーX株式会社 代表取締役

    野村総合研究所で大手製造業向けの戦略コンサルティングに携わった後、技術マッチングベンチャーのLinkersでの事業開発やマネジメントに従事。オープンイノベーション研究所を立ち上げ、製造業の先端技術・ディープテクノロジーにおける技術調査や技術評価・ベンチャー探索、新規事業の戦略策定支援を専門とする。数多くの欧・米・イスラエル・中国のベンチャー技術調査経験があり、シリコンバレー駐在拠点の支援や企画や新規事業部門の支援多数。企業内でのオープンイノベーション講演会は数十回にも渡り実施。

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